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小説『Endless story』#8-2

#8-2【NEVADAから来ています】





 アリシアは、ユカリが出した結論を、ただ静かに聞いていた。
 ユカリは紫色のコアのダーカーと、同じ存在である。傷の話から言っても、紫色のコアのダーカーを使役して見せた事実から述べても、自然な結論だった。
 しかしそれを――……友人の正体が人外だったかもしれないと打ち明けられ、そう簡単に受け入れられるかと問われれば話は別だ。アリシアは自らの首元を、なぞるように触る。予想はしていた、落ち着いて聞くつもりでいた……けれど実際は、動揺しているのが自分でも分かった。
 何しろ、ダーカーを使役する人型のダーカーなんて、まるでそれは――……。

「そして、私がダーカーを模した何かなら」

 ユカリの言葉で、アリシアは我に返る。顔を上げて、意図せず彼女と目が合う。ただ、アリシアはひとつ違和感を覚える。
 ユカリは、こんなに意志が宿ったような目をするような少女だったろうか?
 
「私はその力を制御したい。みんなに迷惑かけないで済むように、ロゼとルベルを、元に戻すために」

 それが、ユカリなりに出した答え。
 みんなと一緒に居たい、みんなを傷付けたくない、守りたい。そんな自分の願望を認識した少女が、そのために見据えた「やるべきこと」。彼女はもう、前に向かって歩き出そうとしていた。
 アリシアは唇を嚙む。指先に力がこもる。少しだけ自分を恥じる。ユカリは自分の正体を受け入れた上で、現実と向き合っている。実際には制御できるようになったとしても、クリアすべき課題は山積みだろう――そして、それも分かっているのだろう。
 分かったうえで、友人が自分に力を貸してほしいと言っている。動揺するヒマなんて、あるものか。
 
「……地球では、今、幻創種っていう種類のエネミーが問題になってる」
「幻創種……」
「うん。私たち地球人の恐れや想像が、エーテルによって具現した存在」

 地上を満たす情報素子「エーテル」。その性質はフォトンに酷似しているが、あくまでも情報伝達に優れた存在であるという話だった。
 しかし、そのエーテルが地球人のイマジネーションに影響を受け、近代兵器や野生動物、果ては恐竜や、ゾンビや映画の怪獣などといった想像上の化け物を象った。それらによる破壊行動も問題視されており、一部のアークスはこれらを鎮静するために、地球へと駆り出されている。
 直近で特に騒ぎとなっているのは、その幻創種を使役する者たち「マザー・クラスタ」の「使徒」たちと、その「金の使徒」亜贄萩人(アニエハギト)によって日本近海へ出現した「幻創戦艦・大和」の存在だった。

「その幻創種の存在を鑑みて、紫色のコアのダーカーの正体は、ダーカーを模した幻創種だって……おととい団長からチームメンバーに伝えられたんだ」
「ダーカーを模した、幻創種……」
「うん。I(イマジナリー)・ダーカーって呼ぶことになったらしいけどね」

 つまりユカリの正体とは、ダーカーを模した……あくまでも幻創種、というコトになる。
 しかし、そこへ来て、ひとつの疑問が浮上する。

「……私は、何のダーカーを模した幻創種なんだろう」
「うん。同じこと考えてた。ただ……」

 ダーカーを使役する、人型のダーカーなんて、答えはひとつしかない。即ちダーカーを統べる、ダーカーの王――……。

「……――ダークファルス……の幻創種」
「一概に、そうとも言い切れないわねェ」

 どこか間延びした野太い、しかし女口調の声が聞こえてくる。扉が開いて、入ってきたのは金髪長身、華美な和洋折衷の衣装に身を包んだ男だった。

「アーテル……さん」
「ごめんねェ、話は途中から聞かせて貰っていたワ。I・ダーカーの力を制御したいんですってェ?」
「はい。……どう思いますか?」

 アーテルは「ふむ」と、顎をさすりながら中空に視線を彷徨わせる。それからしばらく思案した後に、ふたたびユカリに向き直る。

「いいわよォ。元々アタシはそれを提案するつもりで、ここに来たワケだからネ」

 アーテルは「それに」と言葉を区切ってから、ユカリの眼を見る。ルベルから聞いた話では、オラクルに来た当初は、それこそ死人のような眼をしていたらしい。
 今の彼女に、そのような陰鬱とした雰囲気は、ほとんど見られなかった。

「……今のアナタなら、社長に会わせても斬り捨てられたりはしないでしょうから、ネ」
 
 アーテルは見張り番のアークスを手招きで呼ぶと、何か二言三言耳打ちをする。見張り番のアークスは意外げな表情をしていたが、アーテルが端末を操作して、何らかの画面を見せると、アークスは素直に首を縦に振る。そして、部屋から出ていった。

「ユカリちゃんが言わんとしていることは分かったわァ。本物のダークファルスに、その力を制御するための術を、教えてもらいにイクんでショ?」
「はい。その仲介を頼みたくて、アリシアを呼び出しました」
「だったら、私が連れて行ってあげるわァ。ルベルからも頼まれているからネ」

 アーテルがおもむろに、部屋の横合いにあった端末を操作すると、ユカリと自分たちを隔てていたフォトンの透明な壁の一部が開く。

「さァ、そろそろ檻から出てみまショ? 手続きも整えておいたから、準備が出来たら、早速向かいましょう」
「向かうって、どこへ……?」

 意図をいまいち飲み込めないまま、アリシアがアーテルに尋ねる。
 アーテルは羽織りの裾を翻しながら、その名前を告げた。アークスの中に在りながら、アークスの中でも異端中の異端と言える、しかし多大な影響力を持つ組織。

「ダークファルスが運営する企業よォ。すなわちダーカーフォール・コーポレーション、いえ……――『ダークファルス・コーポレーション』へ」


 




「本当にやるんですか、社長?」

 そこはダークグレーとフォトンブルーを基調とした、静かなオフィスだった。アークスシップの中でもひときわ目立つ超高層ビルの一角に、かの組織は居を構えている。ただ、世界群歩行者達の一部メンバーやアークスの中枢に関わる者たちを除いて、それを知っている人間は決して多くない。
 通称『DFco.』――……表向きは対ダーカー兵装・兵器の開発を手掛けている最大手の企業、ダーカーフォールコーポレーション。

「……――それが合理的であれば、そうするだけだ」

 DFco.の社長は静かなオフィスの中、黒いソファに背を預け深く紫煙を吐き出しながら、素っ気なく答えた。彼の正体は、正真正銘のダークファルスである。

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