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小説『Endless story』#8-1

 #8-1【惑うだけの言葉で満たすくらいならば】

 

 

 

 いかにも強面の男性アークスに連れられて、アリシアは薄暗い廊下を進んでいく。緊張からなのか、その足取りはどこかぎこちない。あくまでもアークスとして普通に過ごしていれば、まず来ることも無い場所なので、無理もないだろう。

 

 2年前ほどにオラクルの全管制は虚空機関、およびルーサーから「シャオ」と呼ばれる少年に移った。それに伴ってアークスの体制も大規模な改革が行われたのだが、その際に取り分け注目された課題の1つが、違反行為などを働いたアークスへの対応と罰則である。

 各惑星における原生民への過剰な威嚇行動および必要外の攻撃行動、ダーカーもしくはそれに準ずる勢力との密通や協力など。特に前者は、ルーサーが失脚するは看過されがちな問題であったが、現在は地球人への対応も織り込み、明確な罰則規定が設けられた。

 最も大きな理由としては「あるアークスによる、アークスに対する一連の猟奇殺人」に起因するとのウワサもあるが、アークス情報部はこれについて黙秘を貫いている。

 

 ともかく今アリシアが居るのは、そのような違反行為の疑いをかけられたアークスが、一時的に収容されるための施設である。実際のところまだ「彼女」はアークスではないが、本人の強い希望と、アークスの監視下に置くという意味も含めて、ここに収容されていた。

 その「彼女」が、アリシアと面会したいと申し出た。

 これを快諾したアリシアは、案内されるままに面会室へと足を踏み入れる。実際はまだ1週間も経っていないのだが、アリシアはひどく久しぶりに「彼女」の……ユカリの顔を見たような気がした。

 

「久しぶり。ごめんね、急に呼び出して」

「……うん。びっくりした」

 

 バツが悪そうに苦笑するユカリを見て、アリシアは少し涙ぐむが、すぐに拭い同じように微笑みかけた。それから無機質な、フォトンの力で少しだけ浮遊しているイスへと腰をかけて、透明なフォトン壁越しにユカリと向き合う。

 

「でも、あまり1人で思い詰めないでって言ってくれたから」

「うん、頼ってくれるならうれしいよ」

 

 涙腺が崩れそうなのはユカリも同じらしく、少しだけ瞳が潤んでいた。ユカリは自分にとって、居場所を気付かせてくれた相手がアリシアであるのだと、改めて認識する。

 

「……うん。やっぱり私は、みんなと一緒に居たい。みんなを傷付けたくない。守りたい」

「うん」

「ルベルにも、手っ取り早い答えに飛びつかないで、諦めないで、ちゃんと向き合えって言われたんだ」

「うん」

 

 アリシアは、黙ってユカリの言葉に耳を傾けて、うなずいていた。

 

「そのために、聞きたいこと、相談したいことがあるんだ。いいかな?」

「勿論だよ」

 

 アリシアの返事に、ユカリは少しはにかんで「ありがとう」と照れ臭そうに言う。

 2人とも、すぐにでもワケも分からず泣き出してしまいたい気持ちに、そっと、優しくフタをかける。ユカリは、すでに前を向く決意が固まったらしい。それが、アリシアにも伝わった。今はそれで充分で、今は今すべきことに向き合う時なのだと、お互いが暗黙のうちに理解していた。

 理解していたから、お互いに穏やかに笑いかけて、それからユカリはひとつ深呼吸した。改めてアリシアと向かい合ったユカリは、真面目な面持ちで言う。

 

「……私がここに来る前、気を失う直前にね、家主さん……って呼ばれているらしいヒトに助けられたのは話したっけ」

「うん、少しだけ」

「その時、斬られた紫色のコアのダーカーが青い粒子になって消えていく瞬間を見たんだ。実際にダーカーを見るなんて初めてだったから、そういうモノなのだろうかと思ってた。でも、オラクルへ来て実際にダーカーと戦った時、違和感を覚えた」

「普通のダーカーは、赤い粒子になって消滅するから?」

「うん」

 

 紫色のコアのダーカーは「倒した時の手応えが独特」であるらしいコトは、アリシアもチームチャットづてに聞いていた。

 

「それから話は変わるけれど、どうやら私はダーカーを呼び出し、他人をダークファルスに変えるコトが出来るみたい」

「うん」

「そして私が負った傷からは、血も赤い粒子も出ず、青い粒子が流れる。地上で襲われた時も……あの時は色んなことが一気に起きたのと、意識が朦朧していたのとで、はっきりと覚えてはいないけれど……少なくとも、血は流れていない。あれだけの大ケガなのに」

 

 ユカリが独房に居た数日間、彼女はずっと考察に時間を費やしたらしい。

 アリシアの中でも、ユカリの言葉が繋がり、ひとつの輪郭を帯びていく。まるで点と点が繋がって線となり、さらにその線がひとつの像を結ぶように。

 紫色のコアのダーカーは、倒せば青い粒子となって消える。ユカリが負った傷からは、青い粒子が流れる。そしてユカリは、紫色のコアのダーカーを使役できる。

 アリシアには、結論が予想できた。しかし彼女は敢えて、固唾を飲み、ユカリが言葉を継ぐ瞬間を待つ。ユカリも一呼吸置いてから、その「紫色の瞳」でアリシアをまっすぐに見つめながら、やがて言った。

 

「……――おそらく私は、あの紫色のコアのダーカーと、同じ存在だと思う」

 

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