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小説『Endless story』#7-5

 #7-5【犠牲者面して、逃げてる場合じゃない】

 

 

 

「……――社長、こっちも滞りなく済んだアルヨ」

 

 音もなく「社長」と呼ばれた男の背後に、小柄な人影。黒い水溜まりのようなモノから這い出た少女は、スクエアのメガネと、てっぺんで団子状にまとめた白髪が印象的だった。

 

「ご苦労。もう出てきて良いぞ、営業」

「待ってましたァ!」

 

 横合いからヒューナルの背を目掛けて、同じくスーツ姿の人影が飛び出す。鮮烈な銃声と共に、その強固な鎧が抉り削られる。ツインマシンガンによる迫撃だ。

 バカな――アークスシップ内では、武器もフォトンアーツの使用も禁じられているハズ。

 戸惑うも、考えているヒマは無いと判ずる。私が手を振った合図と共に、ヒューナルがエルダーペインで思い切り周りを薙ぎ払う。

 

「あっぶね……」

「ホール君――少し伏せて!」

 

 言うが早いか、一条の閃光が差し込む。

 それは強烈な衝撃を伴い、ヒューナルは辛うじてエルダーペインで凌ぐ。しかし勢いは殺しきれずに、後退。

 奥から進み出てきたのは、桃色の長髪と薄荷色の瞳が目立つ美女――アルーシュだった。

 態勢を立て直すヒューナルの前に、4つの人影は毅然として向き直る。

 

「アークスシップの管制をちょっとだけいじらせてもらったネ。このチームルームに限り、武器でもフォトンアーツでもテクニックでも使い放題アルヨ」

「つまり、思いっきり暴れてもいいってコトだよな!」

「チームルーム壊さないよう、ほどほどにしてね。ホール君」

「無駄口を叩くな、業務に集中しろ」

 

 管制をいじった?

 単なる一介のアークスに、そんな権限があるワケない。そんなコトは私にだって分かる。しかし、現に彼らはヒューナルを迎撃してみせた。果たして、この人たちはいったい何者なのか。

 いや、それを考えるにしても、情報が少なすぎる。分かるのは――間違いなく厄介だというコトだけ。ならばこの人たちこそ、ここで落としておくべきだろう。

 相手の背後には壁とテレポーター。逃げ場のない彼らを、まとめて薙ぎ払おう。私が腕を振り被る挙動と共に、4人は構え直す。

 

 

 

 ……――しかし、ヒューナルはエルダーペインを振らない。まるで私の意志に抵抗するように――いや、実際に抵抗しているのだ。

 

 

 

 思わず舌打ちをする。どうやら、まだ馴染み切っていなかったらしい。さすがはルベル……本物のダークファルスといったところだろうか。

 では、他のダーカーを送り込むか。しかし、このチームルーム限定とはいえ、向こうの制約が解除されてしまった以上は……きっと、生半可は刺客は通用しない。

 

「残念だけど、この辺りが潮時かな?」

 

 ダークファルス【巨躯】のストックには成功したので、戦果は充分とも言えるだろう。私が手を振り下ろすと、ヒューナルは青紫色の闇に包まれて消えてゆく。私の元へと転送されていく。

 

「待てよ、逃がすと思っ――……」

「深追いはするな、営業」

 

 スーツ姿に燃えるような赤い髪の「営業」……アルーシュからは「ホール」と呼ばれていた男を、社長が制止する。

 

「ずいぶん余裕みたいですね」

「焦らなくても、近々会うことになるだろうからな」

 

 社長と呼ばれた男は、鋭い眼光で私を睨み返す。少しだけ上げた口角と相まって、本当に人でも殺しそうな、凶悪な人相だと思った。

 どうやら彼らは、すでに私の正体――本当の私に、見当を付けているらしかった。予想していなかったワケでもなく、私のやるべきことも変わらないから、どうでもいいけれど。

 思わず、くすっと笑いがこぼれた。

 

「今日はバイバイ、また会いましょうね。アークスの皆さん」

 

 この後、もしも「私」が殺されたらどうしようか、と考えて――……別にそれはそれでいいか、と結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 また会おう、と意味深に言い残して、ユカリはいったん意識を失った。

 少しして目を覚ました彼女は、その場に居合わせたアークスたちが説明するまでもなく、何が起こったかすべてを把握しているようだった。ルベルがファルス・ヒューナルへ変貌を遂げたこと、そして――状況から鑑みても、まず間違いなくユカリがその主犯であるということ。

 

 しかし意識を取り戻してからのユカリに不穏な動きは無く、はた目からは意気消沈しているようにも見えるほど、平静そのものである。

 それどころか彼女は自分から、外部との干渉を完全に遮断した独房への幽閉を所望した。

 彼女を知るアークスたちの間には戸惑いと、一部からは同情の声も上がり……特に彼女と親しくしていた、有栖李子は動揺を隠しきれずに居る。有栖李子は彼女との面会を切望するも、アークス側の判断と、本人の強い意志によって拒否され続けていた。

 

「ユカリちゃん、大丈夫ですかね」

 

 アークスシップ内にある某オフィスで、赤い髪を後頭部へ流したスーツ姿の男が言った。目元には髪の色と同じ、赤縁のメガネ。彼はホール……――その役職から、同僚に「営業」という通称で呼ばれることも多い男だ。

 

「大丈夫も何も、見れば分かるネ。あの様子じゃ簡単にとはいかないアルヨ」

「どうかな」

 

 ホールと、白髪を団子状にまとめた小柄な少女の会話を聞いて、社長は鼻を鳴らす。

 

「この期に及んで死人のような表情(かお)を晒すなら、あの場で私が斬っていたところだがな」

 

 書類を捲りながら言い捨てる社長と、この人ならマジでやりかねない、とも言いたげな、げんなりとした苦笑を浮かべる営業。

 社長は仏頂面ながらも、しかしユカリを斬らなかったということは――少なくとも何か思うところがあったということだ。

 アルーシュが社長に、淹れたてのコーヒーを注いだカップを手渡しながら、問いかける。

 

「ユカリの内面に、何か変化があったとでも?」

「あの科学者(アーテル)から聞いたところ、【明星(ステラ)】の叱咤が効いたのかもな。……――独房入りを志願した時、少しはマシな目をしていた」

 

 

 

 

 

 

 独房の中は、暗かった。

 暗く、冷たく、音もなく……久しく忘れていた、自分の部屋の感覚を思い出す。近頃は少し、誰かと居ることに慣れすぎていたのかもしれない。今になって、それが「寂しい」という感覚なのだと、明確に実感していた。

 ただ、集中するには最適な環境だ、とも思う。何よりも、ここならば誰かに被害が出ることもない。この部屋の隅で、じっとうずくまって座り込んでいる限りは。

 今はこれでいい……――あくまでも、今は。

 オラクルへ来てから投げかけられた、幾つもの言葉が頭の中をリフレインしていた。

 

『目が覚めたのね』

『……では、短い間になるけど改めて。ようこそオラクルへ。そして、世界群歩行者達へ!』

『ユカリ、大丈夫!?』

『おいしいね』

『ルベルさん、ユカリさん、ナーシャさん。差し入れを持ってきましたよ』

『私は誰かの死に憂いていたいワケでも、誰かを守り死んだ自分を憂いてほしいワケでもなく――ただ、その大切な人たちと笑っていたいんだ。そのために、私は戦っている』

『ユカリちゃんはついて来れてるか!?』

『ユカリは私が守るわ』

『――わ、私と友達になってくれませんか!?』

『ロビーで歩いているユカリさんが、とても辛そうで、失礼かもしれないけれど、地球に居た頃の私と重なって見えたんです。そういう時に――誰か頼れるヒトが居るってだけでどれだけ救われるか、よく知っていますから』

『大丈夫、私が守るからね』

『お前たちダーカーに言葉が通じるかは知らんが……俺の娘と、その友達に手は出させん』

『あなたがいなくなったら、わたしたちが困る!』

『……――だったら、諦めないで考え抜きなさい。目を背けずに、起きている現実と向き合いなさい。両方とも叶う未来を、自分の意志で勝ち取ってみせなさい』

 

 みんなと居たい。あの温かい場所に居たい。

 みんなから貰ったぬくもりの一部でも誰かに返したい。

 自分のせいで誰かが傷付くのも、欠けてしまうのも絶対に嫌だ。

 ならば、どうすればいい。

 

「考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……」

 

 考えろ、考え抜け、自分にするべきことを。自分が向き合うべきものを明確にするんだ。

 自分のワガママな本心を知ってしまった、自分の身勝手な願望に気付いてしまった。

 ほんの少しだけ、まだ死にたくないと思えた。

 ルベルはきっと、自分がどうなるかを予想していた。予想したうえで、私にその本心を、願望を諦めるなと言ってくれた。それを当の本人である私が、投げ出すワケにはいかない。

 だから私は、部屋の中の真っ暗な虚空を見つめながら、問い掛けた。私を操っている、私の中に巣食う、そして私の居場所を妬む「誰か」に向かって。

 

「あなたは誰?」

 

 ……――私はあなただよ。

 よく聞き覚えのある声が、そう言ったような気がした。

 

 

 

Chapter7『名前のない怪物』End.Next『#8-1』

 

 

 

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