小説『Endless story』#7-5
- 2017/03/29 07:04
- カテゴリー:Endless story, 小説, PSO2, ゲーム
- タグ:EndlessStory
- 投稿者:Viridis
#7-5【犠牲者面して、逃げてる場合じゃない】
「……――社長、こっちも滞りなく済んだアルヨ」
音もなく「社長」と呼ばれた男の背後に、小柄な人影。黒い水溜まりのようなモノから這い出た少女は、スクエアのメガネと、てっぺんで団子状にまとめた白髪が印象的だった。
「ご苦労。もう出てきて良いぞ、営業」
「待ってましたァ!」
横合いからヒューナルの背を目掛けて、同じくスーツ姿の人影が飛び出す。鮮烈な銃声と共に、その強固な鎧が抉り削られる。ツインマシンガンによる迫撃だ。
バカな――アークスシップ内では、武器もフォトンアーツの使用も禁じられているハズ。
戸惑うも、考えているヒマは無いと判ずる。私が手を振った合図と共に、ヒューナルがエルダーペインで思い切り周りを薙ぎ払う。
「あっぶね……」
「ホール君――少し伏せて!」
言うが早いか、一条の閃光が差し込む。
それは強烈な衝撃を伴い、ヒューナルは辛うじてエルダーペインで凌ぐ。しかし勢いは殺しきれずに、後退。
奥から進み出てきたのは、桃色の長髪と薄荷色の瞳が目立つ美女――アルーシュだった。
態勢を立て直すヒューナルの前に、4つの人影は毅然として向き直る。
「アークスシップの管制をちょっとだけいじらせてもらったネ。このチームルームに限り、武器でもフォトンアーツでもテクニックでも使い放題アルヨ」
「つまり、思いっきり暴れてもいいってコトだよな!」
「チームルーム壊さないよう、ほどほどにしてね。ホール君」
「無駄口を叩くな、業務に集中しろ」
管制をいじった?
単なる一介のアークスに、そんな権限があるワケない。そんなコトは私にだって分かる。しかし、現に彼らはヒューナルを迎撃してみせた。果たして、この人たちはいったい何者なのか。
いや、それを考えるにしても、情報が少なすぎる。分かるのは――間違いなく厄介だというコトだけ。ならばこの人たちこそ、ここで落としておくべきだろう。
相手の背後には壁とテレポーター。逃げ場のない彼らを、まとめて薙ぎ払おう。私が腕を振り被る挙動と共に、4人は構え直す。
……――しかし、ヒューナルはエルダーペインを振らない。まるで私の意志に抵抗するように――いや、実際に抵抗しているのだ。
思わず舌打ちをする。どうやら、まだ馴染み切っていなかったらしい。さすがはルベル……本物のダークファルスといったところだろうか。
では、他のダーカーを送り込むか。しかし、このチームルーム限定とはいえ、向こうの制約が解除されてしまった以上は……きっと、生半可は刺客は通用しない。
「残念だけど、この辺りが潮時かな?」
ダークファルス【巨躯】のストックには成功したので、戦果は充分とも言えるだろう。私が手を振り下ろすと、ヒューナルは青紫色の闇に包まれて消えてゆく。私の元へと転送されていく。
「待てよ、逃がすと思っ――……」
「深追いはするな、営業」
スーツ姿に燃えるような赤い髪の「営業」……アルーシュからは「ホール」と呼ばれていた男を、社長が制止する。
「ずいぶん余裕みたいですね」
「焦らなくても、近々会うことになるだろうからな」
社長と呼ばれた男は、鋭い眼光で私を睨み返す。少しだけ上げた口角と相まって、本当に人でも殺しそうな、凶悪な人相だと思った。
どうやら彼らは、すでに私の正体――本当の私に、見当を付けているらしかった。予想していなかったワケでもなく、私のやるべきことも変わらないから、どうでもいいけれど。
思わず、くすっと笑いがこぼれた。
「今日はバイバイ、また会いましょうね。アークスの皆さん」
この後、もしも「私」が殺されたらどうしようか、と考えて――……別にそれはそれでいいか、と結論付けた。
♪
また会おう、と意味深に言い残して、ユカリはいったん意識を失った。
少しして目を覚ました彼女は、その場に居合わせたアークスたちが説明するまでもなく、何が起こったかすべてを把握しているようだった。ルベルがファルス・ヒューナルへ変貌を遂げたこと、そして――状況から鑑みても、まず間違いなくユカリがその主犯であるということ。
しかし意識を取り戻してからのユカリに不穏な動きは無く、はた目からは意気消沈しているようにも見えるほど、平静そのものである。
それどころか彼女は自分から、外部との干渉を完全に遮断した独房への幽閉を所望した。
彼女を知るアークスたちの間には戸惑いと、一部からは同情の声も上がり……特に彼女と親しくしていた、有栖李子は動揺を隠しきれずに居る。有栖李子は彼女との面会を切望するも、アークス側の判断と、本人の強い意志によって拒否され続けていた。
「ユカリちゃん、大丈夫ですかね」
アークスシップ内にある某オフィスで、赤い髪を後頭部へ流したスーツ姿の男が言った。目元には髪の色と同じ、赤縁のメガネ。彼はホール……――その役職から、同僚に「営業」という通称で呼ばれることも多い男だ。
「大丈夫も何も、見れば分かるネ。あの様子じゃ簡単にとはいかないアルヨ」
「どうかな」
ホールと、白髪を団子状にまとめた小柄な少女の会話を聞いて、社長は鼻を鳴らす。
「この期に及んで死人のような表情(かお)を晒すなら、あの場で私が斬っていたところだがな」
書類を捲りながら言い捨てる社長と、この人ならマジでやりかねない、とも言いたげな、げんなりとした苦笑を浮かべる営業。
社長は仏頂面ながらも、しかしユカリを斬らなかったということは――少なくとも何か思うところがあったということだ。
アルーシュが社長に、淹れたてのコーヒーを注いだカップを手渡しながら、問いかける。
「ユカリの内面に、何か変化があったとでも?」
「あの科学者(アーテル)から聞いたところ、【明星(ステラ)】の叱咤が効いたのかもな。……――独房入りを志願した時、少しはマシな目をしていた」
♪
独房の中は、暗かった。
暗く、冷たく、音もなく……久しく忘れていた、自分の部屋の感覚を思い出す。近頃は少し、誰かと居ることに慣れすぎていたのかもしれない。今になって、それが「寂しい」という感覚なのだと、明確に実感していた。
ただ、集中するには最適な環境だ、とも思う。何よりも、ここならば誰かに被害が出ることもない。この部屋の隅で、じっとうずくまって座り込んでいる限りは。
今はこれでいい……――あくまでも、今は。
オラクルへ来てから投げかけられた、幾つもの言葉が頭の中をリフレインしていた。
『目が覚めたのね』
『……では、短い間になるけど改めて。ようこそオラクルへ。そして、世界群歩行者達へ!』
『ユカリ、大丈夫!?』
『おいしいね』
『ルベルさん、ユカリさん、ナーシャさん。差し入れを持ってきましたよ』
『私は誰かの死に憂いていたいワケでも、誰かを守り死んだ自分を憂いてほしいワケでもなく――ただ、その大切な人たちと笑っていたいんだ。そのために、私は戦っている』
『ユカリちゃんはついて来れてるか!?』
『ユカリは私が守るわ』
『――わ、私と友達になってくれませんか!?』
『ロビーで歩いているユカリさんが、とても辛そうで、失礼かもしれないけれど、地球に居た頃の私と重なって見えたんです。そういう時に――誰か頼れるヒトが居るってだけでどれだけ救われるか、よく知っていますから』
『大丈夫、私が守るからね』
『お前たちダーカーに言葉が通じるかは知らんが……俺の娘と、その友達に手は出させん』
『あなたがいなくなったら、わたしたちが困る!』
『……――だったら、諦めないで考え抜きなさい。目を背けずに、起きている現実と向き合いなさい。両方とも叶う未来を、自分の意志で勝ち取ってみせなさい』
みんなと居たい。あの温かい場所に居たい。
みんなから貰ったぬくもりの一部でも誰かに返したい。
自分のせいで誰かが傷付くのも、欠けてしまうのも絶対に嫌だ。
ならば、どうすればいい。
「考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……」
考えろ、考え抜け、自分にするべきことを。自分が向き合うべきものを明確にするんだ。
自分のワガママな本心を知ってしまった、自分の身勝手な願望に気付いてしまった。
ほんの少しだけ、まだ死にたくないと思えた。
ルベルはきっと、自分がどうなるかを予想していた。予想したうえで、私にその本心を、願望を諦めるなと言ってくれた。それを当の本人である私が、投げ出すワケにはいかない。
だから私は、部屋の中の真っ暗な虚空を見つめながら、問い掛けた。私を操っている、私の中に巣食う、そして私の居場所を妬む「誰か」に向かって。
「あなたは誰?」
……――私はあなただよ。
よく聞き覚えのある声が、そう言ったような気がした。
Chapter7『名前のない怪物』End.⇒Next『#8-1』