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小説『Endless story』#5-5

 #5-5【Altale

 

 

 

 結論から言うと、ルベルは私の判断を少しも咎めなかった。

 

 凍土でのギャザリングから戻った後に、私はすべてをルベルに打ち明けた。すると「何を落ち込んでいるのかと思ったら、そんなコトだったのね」と意外そうにされた。むしろ、ルベルのケガは彼女自身の落ち度であり、私が気に病むコトはない、と……いつものようにクールな表情のままだったけれど、きっと気を遣って言ってくれた。

 

 つまるところ、私が勝手にひとりで悩んでいただけだったようで。それで周りに心配をかけてしまったコトは申し訳ないので、他にもアルーシュや白狐、とりっぴーやナーシャ達にも「心配をかけて、すみませんでした」と謝って回った。

 みんなは、安心したような笑みで、何事でもないかのように許してくれた。

 むしろ初陣でちゃんとした戦果(私がしたのは敵の撃退ではなく爆弾の処理だけだったため、聞かされるまでそうだとは思わなかったけれど)を挙げるアークスは珍しいらしく、他のメンバーからもよく分からないままに褒められたり。

 照れくさいような、恐縮なような……なんて言えば良いのかは分からないけれど、悪い気分ではなかった。

 

 それから3日が経った今、私はチームルームの一角にあるビジフォンで、アリシアと共にコスチュームのカタログを見ている。

 市街地でのダーカー迎撃に参加したので、一応まだ正式なアークスではない私にも報酬が支払われることになったのだ。しかし使い道が分からないので、一先ずアリシアに相談してみた。

 そこで、彼女からコスチュームなどの類はどうだろうか、と提案されたのだ。

 

 地球に居た頃は、あまり服装に頓着しない……というか、金銭的にも時間的にも余裕がなかった。普段着ているセーターも遠い親戚のおさがりである。そのためサイズが合わず、肩口が見えてしまい少し恥ずかしいので、普段は首元にマフラーを巻いている。

 あまり意味はないけれど、多少は肌の露出を減らしたかったのだ。

 

「これとか、ユカリに似合いそうじゃないかな」

 

 アリシアが指差した服……ベースウェアはいわゆる「つなぎ」のような、動きやすそうなショートパンツのモノだった。クールフリッシュというらしい。

 確かにこれは良いかもしれないと考えたところで、はたと思い直す。

 

「せ、背中の露出が……ちょっと、これは恥ずかしいかな……」

「そう?」

 

 同じ地球出身のアリシアまでもそんな反応をしたので、ちょっとしたショックを受ける。そもそも、なぜかオラクルはやたらと肌を露出するような服が多い。

 なんでも空気中に存在するフォトンとの感応がどうのこうのっていう話らしいけれど、それにしたって限度があるんじゃないだろうか。

 ……え、ちょっと待って、この全身タイツみたいな、スパイみたいなピッチリしたのも「服」としてカウントしていいモノなの? こっちの服なんてモロに下着が見えているし、その下着自体がすごくきわどいし。

 

「ふんどしとサラシだけで任務に向かったりするアークスも居るよ」

「ふんどしとサラシ」

「あと、例えばクラリスさんは被弾すると服が弾け飛ぶ呪いにかかっていて」

「服が弾け飛ぶ呪い」

「よく任務が終わるころにはほぼ裸になってる」

「どういうことなの」

 

 そういえばすっかり忘れていたけれど、ここへ来た初日にスリーサイズを聞いて来たり胸を揉んでくるような人たちだもんなあ。などと、少し遠い目。

 かと思えば、見ず知らずの私に何から何まで良くしてくれたり、底抜けに優しかったり。

 ここへ来てから、何もかもが不思議だらけだなあ、なんて思った。ただ、何よりも一番不思議なのは――……。

 

 ……――なぜか、すごく居心地が良いというか。みんなの雰囲気も、この場所も、嫌いではないというコトだろうか。

 

「どうかした?」

「ううん、なんでもない」

 

 少し呆けていたらしく、アリシアが私に問いかけた。私が少し微笑みながらはぐらかすと、アリシアも「ええ、気になる」なんて言いながら、やっぱり笑う。笑いながら、またカタログの服を指差してああでもないこうでもないと言い出したところで。

 

「あ……居たわね。ユカリ、ちょっと良いかしら?」

 

 不意に背後の、大きなチームツリーの方からルベルの呼ぶ声がした。振り向いてみれば団長も居て、こちらへ歩いてくる。

 

「ユカリのオラクル滞在について、話があるのだけれど……その前に、いくつか質問しても良いかしら」

 

 なんだろうと思いながら、おずおずと頷く。

 ルベルはいつものことだけれど、いつもは柔らかな雰囲気を纏っている団長も真面目な面持ちで私を見据えていたからだ。

 団長がホログラムの端末を起動しながら、前に進み出て私に問いかける。

 

「ユカリさん――『マザー・クラスタ』という名前に聞き覚えはあるかな?」

 

 それは聞き慣れない単語だった。私は素直に首を横へ振る。

 団長は口元に手を当てて何か考え込んだ後、さらに質問を続けた。

 

「それでは、記憶が混乱していたり、抜け落ちている箇所があったりは?」

「それは……はい」

 

 なんで、それを知っているのだろう?

 そう思いながらも頷くと、団長は「やはりか」と小さくつぶやいて、端末に何かを打ち込んだ。

 

「それじゃあ、まず……改めて、自分の住所と苗字は思い出せる?」

「あ、はい。ええっと――……」

 

 ……――言おうとして、私は凍り付いた。戦慄した。

 急激に喉が渇いていく感覚、目の前の景色が白々しく見えて、指先が震える。

 動悸が、確かに強くなって、私の耳の内側を揺さぶった。

 

 

 

 私の名前は××ユカリ。

 住んでいるのは××の××にある××で、そこにある××の××階。

 半年ほど前まで××高等学校に通っていたが、中退し××でバイトをしながら、ひとりで生計を立てていた。

 

 

 

 ――まるで、そこだけが黒いノイズに塗り潰されたような。

  

 オラクルへ来る直前、地球でダーカーに襲われる直前、道で迷ったときの、あの感覚を思い出す……いや、違う。私は道に迷ったのではない、自分がどこに住んでいたのかを、忘れていたのだ。

 いったい――いつから私は私の苗字を、住んでいる場所を、通っていた学校を、バイト先を、こんな重要なことをいくつも忘れていた?

 どうして、今まであまり気に留めなかった?

 どうして、記憶が抜け落ちていることに気付いても、その重大さに気付かなかった?

 なんで、今までの思い出も、確かにあるのに、それらの記憶だけが綺麗に抜け落ちている?

 

「……なるほど、盲点だったね。オラクルにいるアークスや市民は苗字を持たないなんてコトがザラにあるから、誰も苗字については注目しなかった」

 

 混乱する頭で、団長の顔を見る。

 団長は私の様子を見て「ごめんね、あとひとつ質問があるんだ」と謝った。

 

「なんとなく、誰かに操られているような気がしたコトはある?」

 

 震える私の手がホログラムの端末をすり抜けて、すがるように団長の服の胸元を掴んだ。頭がどうにかなりそうなまま、団長の顔を見て、必死で問い掛ける。自分でも聞いたことない切羽詰まった声が、自分の喉から出た。

 

「わ、私のっ……いったい、私に、何が……何が起こっているんですか?」

「……すまない、今の私からは何も言うことが出来ないよ」

 

 団長は端末を閉じ、私をなだめるようなゆったりとした語勢で、私の両肩に手を乗せた。

                                           

「君を地球へ帰そうにも、住所が分からなければ帰しようがない。まず、君の記憶が戻るようこちらでも色々と手を打ってみようと思う。その間、地球へ赴いているウィリディス君たちに君の住所などの調査も頼んでおこう。……その分、地球へ帰るのが遅れるけれどいいかな?」

 

 はい、と言ったつもりが、声も出なくて、ただ頷いた。そのまま、力なくへたり込んでしまう。

 

「すまない、手間を取らせることも……混乱させてしまったことも。アリシア、しばらく彼女のそばに居てあげてくれないか」

「は、はい……」

「無論、ユカリの記憶についても地球への帰還についても、必ずなんとかしてみせるわ。だからといって動揺するな、というのは無茶だろうけれど……ひとまず、気分が落ち着くまで休んでいるといいわ」

 

 団長とルベルは次に話し合わなければならないコトがあるらしく、チームルームの出口へ向かって歩いて行く。

 私は、心配そうなアリシアの視線をよそに、ただ呆然と二人が出ていったテレポーターを見ていた。

 

 

 

Chapter5AltaleEnd.Next『#6-1』 

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