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小説『Endless story』#4-4

# 4-4【She was struck down, it was her doom

 

 

 

「アレは3人でユカリを守りながら相対できる手合いじゃない。アルーシュはセントラルアリーナへ向かったメンバーを救援に呼んで、カナトとわたしの支援を。到着まで凌ぐわ」

「ユカリちゃんは、アルーシュから離れずに待機していてくれ」

 

 言いながらカナトはコートエッジを軽く一振りして、ルベルは中空から取り出した赤いマントを翻す。深紅の花弁が舞い散り、西洋剣を思わせる形状の『ローズオブマタドール』が現れた。

 

「この人数で、あの怪物を相手にどこまで凌げるかね」

「いざとなれば『ステラ』を頼るつもり」

「大丈夫かよ」

「リスクは高いわね。後で家主に殺されるかも」

「じゃあ、そうならないよう精々頑張ってみますか……と、来るぜ」

 

 ダーク・ビブラスが巨体を屈める。紫の眼光が狙いを定める。広げた羽根の振動で大気が震える。

 武器を構えた直後、全身の毛が逆立つような予感を合図に、災厄が動いた。

 

 轟いた振動でビルの窓が軒並み割れる。

 ただの単純な突進。それは質量ゆえに恐るべき暴威となって襲い掛かり。

 ――カナトはそれを、ダーク・ビブラスのツノを真っ向から剣で受け止めた。

 

 紫と青の烈風が吹き荒ぶ。冗談じみた重圧に世界の輪郭がブレる。

 ダーク・ビブラスとは、本来ならばベテランのアークスが10名がかりでようやく互角に渡り合える相手である。

 つむじからつま先までフォトンが漲る。死に物狂いの全力を身体増強に注ぎ込む。背後からアルーシュによる支援も受けている。おまけにカナト、本日のコンディションは最高。

 しかし勢いを殺しきれない。足の先が地面を抉りながら後退する。押し込まれてゆく。

 

「ぐんぬぉおおおらぁあああッ!」

「――ふッ!」

 

 ビルの壁を蹴り、横合いから飛び上がったルベルがダーク・ビブラスに迫る。

 赤い花弁のようなフォトンを撒き散らし。黒衣の裾をはためかせ。宙を舞いながら曲芸じみた動きで斬り付ける。斬り付ける。斬り付ける。斬り付けながら辿り着いた横っ面に思い切り一閃。

 正面への突進は横からの力に弱い。バランスを崩したダーク・ビブラスが横合いに崩れかけた瞬間を――カナトによる渾身の縦斬り・ライジングエッジが捉える。

 長大な黒いツノが根元から砕け、巨体は倒れながら絶叫とも咆哮ともつかぬ不協和音を上げた。

 

「やったか!? ……なんつって」

「そんな簡単には行かないわ」

 

 立て続けに頭部へのクリティカルヒット、おまけにツノを粉砕。しかし腹の底から揺るがす唸りを発しながら、起き上がるダーク・ビブラスはまるでこたえた様子を見せない。

 巨体から繰り出される圧倒的な攻撃の数々は無論だが、何よりも厄介なのは無尽蔵とも思えるスタミナなのだ。

 ダーク・ビブラスの上腕と羽根から、先ほどよりも暗い紫色のオーラが沸き上がる。

 

「――来るぞ!」

 

 振り下ろされた上腕から紫の閃光。着弾して爆発。カナトはコートエッジで、ルベルはフォトンを纏わせた赤いマントで爆風を凌ぐ。

 今の攻撃と同時にダーク・ビブラスが空高くへ飛び上がった。息つく間もなく触腕から、紫の光弾が連続して降り注ぐ。

 降り注ぐ暴威が、辺りの地形もビルも次々と巻き込んで抉ってゆく。ルベルとカナトはそれぞれ避ける。剣で軌道を逸らす。しかし、光弾の幾つかがアルーシュとユカリの方へ向かって飛んでゆく。

 

「アルーシュ!」

「ええ、任せて」

 

 アルーシュが先ほどまで持っていたタリスから、武装を豪著な長杖に持ち替えた。

 掲げた長杖『オフスティアソーサラー』の先から、十字型の光刃が展開する。

 

「ユカリは私が守るわ」

 

 回転する光刃『ギ・グランツ』がダーク・ビブラスの攻撃を防いで弾く。

 ルベルがそれを見て、わずかに安堵の表情を見せたのも束の間。

 

「バカッ、危ない!」

 

 

 

 カナトの叫びに振り向くより早く――黒い巨体がルベルを覆い尽くし、彼女の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 先ほどとは比較にならない衝撃が周囲へ伝播する。

 空中に居たダーク・ビブラスが、触腕を後方へ向けながらエネルギー波を撃ち放って、加速して襲い掛かってきたのだ。

 直に踏みつけられたルベルは倒れたまま動かない。生体反応があるだけでも、いや原型を留めて居るだけでも奇跡だと言えるだろう。少なくとも、ムーンアトマイザーでの蘇生だけでどうにかなるレベルではなかった。

 ダーク・ビブラスは追撃と言わんばかりに両の触腕を振り上げ、紫色の禍々しい球体を生み出す。球体は触腕から投げ放たれ、カナトやアルーシュたちから離れた場所へと着弾して半分埋まる。

 

「爆弾か……!」

 

 一刻も早くルベルを救出しなくてはならない。

 しかしダーク・ビブラスが生み出す『爆弾』は想像を絶する威力を誇る。ひとたび起爆すれば、惑星リリーパの採掘基地にある塔でさえも一撃で崩壊せしめる程だ。

 もしもこんな市街地で爆発しようものなら被害は計り知れない。自分達どころか、周りの作戦行動中のアークスまで巻き込んで全滅させかねないだろう。

 

 アルーシュを爆弾の処理へ向かわせようものなら、ルベルが手遅れになりかねない。

 かといってルベルの救出へ向かわせようものなら、爆弾の処理が間に合わない。

 今この場でダーク・ビブラスを単身で抑えられるのは自分だけ、動くわけにもいかない。

 八方塞がりの絶体絶命。

 全身から吹き出る冷や汗を抑えきれないカナトが、苦肉の策で彼女に指示を出すよりも先に――。

 

 ――ユカリは、爆弾へ向かって駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

 

「だって」

 認めてもらえないと。

「全てが無駄に」

 なっちゃうもんね。

 

 誰かが暗い部屋の中で、ささやいたような気がした。

 

 

 

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