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小説『Endless story』#4-1

 #4-1【僕の中に誰が居るの?】

 

 

 

「――……え?」

 

 私はハッとして、マドラーを弄んでいた手を止めて聞き返した。

 

「……ユカリ、最近なんだか話しかけてもぼうっとしていること多いね。大丈夫?」

「す、すみません……ちょっと考え事をしていて」

「訓練もあって疲れているだろうから、無理はしないでね?」

 

 ホントに考え事をしていただけなのだけれど、アルーシュに心配されてしまった。私はそんなに思い詰めた表情をしていたのだろうか。それとも彼女の言う通り、訓練の疲れが貯まっているのだろうか。 

 手元のコーヒーはクリームとすっかり混ざり合って、少しだけ冷めてしまったようだ。

 

 ナーシャとの訓練で、ルベルの出した課題をクリアした翌日。実力的に問題なしと判断された私は、明日か明後日にでも実際にアークスの任務へ同行するコトになったらしい。 

 私はそれについての詳しい説明を、アルーシュとルベルから受けていたのだ。とはいえ、流石に初陣でしかも訓練の経験すら浅い私に重要なポジションを任せるというようなコトは無いらしい。

 あくまで私はルベルの補佐といったところで、念のため他にも複数名の人員をつける、との話だった。

 

 考え事というのはふたつあって、片方はまさしくそれについてだ。

 昨日たまたま訓練で頭を過ぎっただけだったけれど、いくら自分の身を守るためだからと言っても、ここまで実戦経験を積ませたり、そのための訓練を繰り返す必要があるのか。

 

 そもそも最初にルベルは「オラクルへの勾留を、強制はしない」という旨を話していた。もし、あの場で私が「すぐに地上へ戻らなければならない」と返事していたらどうなっていただろうか。

 ダーカーの再襲撃を懸念し、私に護衛を付けて地上へ送還するだろうか。

 それが選択肢に入っているのなら、最初からそうすればいいのではないか。

 

 そもそもいくら訓練のためと銘打っても、それで私を危険な戦場へ送り込むという現状は、明らかに矛盾していた。すぐ地上へ送還する必要がなく、ダーカーから私を守る必要があるのならば「私をオラクルから出さず、保護監視下に置いておく」……これが、最も確実ではないだろうか、と思える。

 

 なのにそれをしないのは、単に私の考えが甘いのか、地上とオラクルでは考え方が違うのか、それとも他に理由があるのか――……問おうにも正直、まだ分からないコトの方が多かった。

 それに他の理由があったとしても、未だ私に伝えていないというコトは、問い詰めてもそう簡単に口を割ってはくれないだろう。

 

 だいいち別に私は私がダーカーに襲撃されて死のうが、威勢よく戦いへ出て死のうが、あまり興味はなかった。わざわざ殺されやすい場所へ私を連れて行ってくれるというなら、それもまたアリなのかな、と考えている程度には。

 

 目下、私がとりわけ気になっているのはもうひとつの問題だった。

 最初はチャレンジクエスト、次には昨日のナーシャとの訓練。あの感覚はいったい何で、あの声はいったい誰のモノだったのだろう。

 ひどく耳馴染みのいい、聞き覚えがある声だったような気もする。けれどそれが具体的に『誰』なのかまでは思いだせない。まるで頭の中にモヤか霧がかかったような感覚、とでも言えばいいのだろうか。

 

 思いだせないコトと言えばそれだけじゃない。

 オラクルへ来た当初からずっと、何か他にも私は「大切なコト」を忘れている気がしてならない。けれど「何を忘れたか」さえも分からないのだ。

 

 時折「私が私のようで私でなくなる感覚」に、ずっと続いている「記憶の違和感」。

 いずれもハッキリとは言語化しにくいコトだから、まだルベルやアークスのみんなには話していない。何よりもそれが「何を示しているのか」皆目わからなかった。

 

 ただ、そこでふと思い当たる。

 あの「私が私のようで私でなくなる感覚」の時、周りから「私」はどう見えているのか。

 

「あの――……」

 

 アルーシュとルベルに訊こうとした時。

 

『……――緊急警報発令。アークス船団周辺宙域に、多数のダーカーの反応が接近しつつあります。アークスの皆さんは……』

「えっ……な、なに!?」

 

 突如としてアナウンスが鳴り響いて、それまでめいめいにくつろいでいた他のアークスたちも空気が一変する。アルーシュは少しだけ目を細め、ルベルは「またなのね」とでも言いたげな表情でため息をついた。

 

「つまり、市街地へダーカーの団体さんが来るって話よ」

「市街地へ……それって」

「そう。だから私たちは今から急いで現場へ向かって、それを迎撃しなくちゃならない」

 

 ルベルはカップに残っていた紅茶を一気に嚥下し、小さく「ご馳走さま」と言うなり席を立つ。アルーシュも苦笑しながら私へ声を掛けた。

 

「急で悪いけれど、そういうコトで行って来るわね。ルベルのマイルームかチームルームへひとりで戻れる?」

「は、はい……」

 

 返事をしかけて、飲み込む――……。

 

 ……――どうせなら、ついていけばいいのに。

「ついて、いく……」

 

 ルベルが少し驚いた顔で、こちらを振り返ったのが見えた。

 そうだ。

「どうせ……明日には本番なのだから」

 だから別に、今日だって別に大差ないじゃないか。

「……だから私もついていく」

 

 それに何より、今はとにかく『情報』が欲しいから。

 どこか遠くからそんな声も聞こえたけれど、なぜかそれを口に出すコトは出来なかった。

 

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