小説『Endless story』#3-5
- 2016/09/14 06:38
- カテゴリー:小説, PSO2, ゲーム, Endless story
- タグ:EndlessStory
- 投稿者:Viridis
#3-5【揺れる願いも、想いも、君と歩く路と為ります様に】
ナーシャとの戦闘訓練が始まって10日目。
ナーシャもライレアも白狐も「筋が良いし成長も早い」と褒めてくれるけれど、やはり第一線で活動する彼女との差は全く縮む気がしない。いまだに全ての攻撃を、顔色ひとつ変えずに避けられていた。
自衛のためとは言え、ここまでの訓練が必要なのだろうか。そんな風にも考えたけれど、訓練そのものに嫌気は差さなかった。……きっと、いつぶりか珍しく他者から自分の才能を褒められた数少ないコトだからだろう。
我ながら単純だ。
ただそれもそろそろ限界で、私はおだてに乗っているだけで、実際は劣っている方ではないだろうかと思えてきてしまう。更にはそう考えれば考えるほど、本当に自分の動きが鈍っていくような気までする。
周りへ薄く広く鋭く円形のフォトンを展開する『カンランキキョウ』、初日にライレアが見せた前方の遠くまで斬撃を飛ばす『ハトウリンドウ』、強烈な十字斬りを見舞う『サクラエンド』。この10日で出来るフォトンアーツも増えた。
しかしカンランキキョウで先手を打って、ハトウリンドウの追撃で動きを制限し、本命のサクラエンドを放ちにかかっても――彼女の、ナーシャの速さには届かない。
彼女は私が渾身の一撃を決めるよりも前に、腕と刃を振る余地さえないほどの眼前まで距離を詰めていた。
慌てて後ろへ飛び退いて、なんとか間合いを取る。ナーシャは追わずに居たが、きっとその気になれば追撃も容易かったろう。……そりゃ、私ごときの10日が彼女たちの何年に匹敵するとまで思い上がりはしないけれど……ここまで圧倒的だと、いい加減に折れてしまいそうである。
諦めて投げ出してしまいたいな。そもそも訓練なんてしなくたっていいのに。しんどい思いをしたってさ、なんの意味もない気がするな。だってどうせまた地球へ戻って、もしダーカーに襲われたって。
どのみち私は――……。
……――『どのみち私は、死んでしまいたいのだから』でしょ?
「あなたは誰……?」
今は知らなくてもいいよ。それよりも、ここで折れられたら困るんだけれどな。
「……困る?」
そう、困る。困るって何が。
「だって……このままじゃ。
認められないから。そう認めて貰えない。
「認めて……貰えなければ」
価値も意味もなくなっちゃうから。
「……だから」
早くクリアして、早く次の段階を踏んで。
「もっと……もっと……深くへ入り込んで……」
そうしなきゃいけない。
だから――特別に、また力を貸してあげる。
♪
いきなりユカリの全身から力が抜けきったかと思えば、何かをひとりでつぶやき始めた。そして同時に、彼女がまとう雰囲気も一変する。あまりにも静まり返った、しかしどこかゾッとさせるモノを感じさせる、何かの予兆に似た雰囲気。
そうだ。これは嫌なコトが起きる直前だとか、ダーカーが空間を引き裂いて現れる直前だとか、そういった類の空気だ。そうナーシャは結び付けた。
嫌な予感に従って、彼女は鞘に納まっているカタナへと手を伸ばす。それから少しだけ腰を落とし、まっすぐ眼帯をしていない方の瞳でユカリを見た。これまでの余裕と打って変わった、紛れもない臨戦態勢である。
スムーズに構えをとったナーシャとは対照的に、ユカリはのそりとした動きで、抜刀の構えをとる。その姿さえも、これまでの未だ素人臭さが残るぎこちないモノではない。
それはまるで、あの右目が緑色の――。
「ウィリディス……!?」
ナーシャが目を見開いたのと、ユカリが顔を上げたのは同時だった。
「――カタナコンバット」
張り詰める緊張がはじけた直後、ナーシャの視界に淡い紫色の閃光が飛び込む。
横合いに差した一条の剣閃。一瞬にして飛び込んで来たユカリが、その刃を振り抜いた。
強烈な斬撃が突風を巻き起こして吹き荒ぶ。
威力。鋭さ。疾さ。全てこれまでのユカリとは比較にならない。
刃を受けた切っ先が悲鳴を上げる。それでもナーシャは歯噛みして衝撃に耐え抜く。
「はあッ!」
そして負けじと力を込めた一振り。金属を打ち鳴らしたような高い音、迸る一条の青い光、後ろへ吹き飛ばされるユカリ。
ナーシャが知っているよりずっと粗削りで、まだまだ威力も速度も甘い。なによりいま受けた攻撃は本当の『カタナコンバット』とは違い、単なる莫大なフォトンを刃に乗せただけの攻撃だ。
しかしその動きには、その剣筋のクセには覚えがある。ルベルと、彼女に戦闘の基礎を叩き込んだ家主……『ウィリディス』という男のそれと瓜二つだった。
「ユカリ!」
考えてからハッとして、床へ倒れたまま動かないユカリの方へ駆け寄る。外傷はなく、倒れ方からして強く頭を打ったというワケでもなさそうだ。
ただ衝撃で気絶しているだけのようで、ホッと胸を撫で下ろす。
だが安心する一方で、この若くして歴戦のアークスたるナーシャでさえも、いきなりのコトだったとは言えど手加減が出来なかった……その事実に内心戸惑う。
「いずれにしても」
いつの間に来ていたのか、靴を鳴らしながら歩いてきたルベルが声を掛ける。
「ユカリは課題をクリア出来たようね。――さ、早く医務室へ運ぶわよ」
言われて、ナーシャは自分の頬をなぞる。薄いひとすじの傷から血が滲んでいた。
「ほら、あなた達も手伝って」
ルベルの後から続いて、黒髪で和装の少女と、どこかおっとりとして眠たげな雰囲気の青年が現れた。
「スズナに、ルーノ? お前たちも来ていたのか」
「ナーシャが新しいコに教えてるって聞いて、様子見に来たら、なんだか向こうからでも聞こえるくらいスゴい音がしたね……」
「……って、ナーシャも怪我しているじゃないですか! 大丈夫ですか?」
心配して寄って来るふたりに、どこか緩んだ表情でナーシャは微笑んだ。
「かすり傷だ。ありがとう、心配しなくて良い」
――そう言って見せながらも、思案する。
態度が豹変した、先ほどのユカリ。ウィリディスとルベルの弁が正しければ、あれこそユカリの正体であり『乗り越えなければならない壁』でもあるのだろう。
ナーシャはルベルも話していた『これから来る争いの予感』とやらが頭から離れず、また少しだけ表情を険しくした。
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