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小説『Endless story』#3-4

 #3-4【ナーシャ・スフィアロット

 

 

 

「実戦に出す、というのはつまり……訓練ではなく、実際にアークスの任務に同行させるという話か?」

「そういうコトになるわね」

 

 当然ながらバーチャルでも何でもないリアルの原生種や機甲種、龍族などは手加減してくれるハズもない。すなわち一瞬の判断ミスや、技量と経験の不足がそのまま死へと直結する――アークスの職場とは、戦場とは常にそういう場所だ。

 正気の沙汰とは思えなかった。ここへ来るまで戦闘の何も知らなかったド素人の少女を、ゆくゆくはそんな場所へ投入しようなどと。

 

「ルベル、お前の家主が救った少女をみすみす死なせにいくつもりか。そもそも、質問の根本的な答えになっていない。私が問いたいのは『なぜそんなコトをするのか』と――」

「誰が望む望まないに関わらず、そして遠からずそうなるわ。しかも放っておけば『最悪の形』で」

 

 ルベルは言い切った。その目はじっと真っ直ぐナーシャを見つめており、少しの揺らぎもない。

 スパイとして活動していたナーシャから言わせれば、ルベルは嘘をつくことに向いてはいない。無根拠で何かを決めつけるようなタイプでもない。良くも悪くも、全てにおいて率直で素直過ぎるのだ。

 だとすれば。

 

「……何か、そう言い切るだけの判断材料があるんだな?」

「あのコ……ユカリはただの地球人じゃない。今はウチの家主たちが地球へ向かい調査をしている最中だけれど、それでも現状の証拠で充分すぎるほど見当はついている。彼らに言わせれば、おそらくユカリの正体は――」

 

 

 

 

 

 

 たかが戦も知らない地球人の少女、とは思えない才覚。圧倒的な上達の早さ。たまたま紛れ込んだ作戦区域で、たまたま発生したダーカーに襲撃されたという偶然。そして直接ユカリを救出した家主の証言。

 そして、なぜユカリをメディカルセンターに預けるでもなく、世界群歩行者達で預かるコトにしたのか。

 ユカリの正体が、家主やルベルの言う通りであったとしたならば全てに納得がいく。

 

 それが当たっているとすれば、確かにユカリはこれから来るであろう『大きな争い』の渦中に位置する人物だった。

 

「あ……おかえりなさい」

 

 当の本人は口の周りにドーナツの食べかすを付けたまま言う。

 ナーシャが黙って自分の口許を指差してそれとなく伝えると、ユカリは首をかしげて、すぐ後に意味を察し慌てて口を拭った。

 

「あの、ナーシャさんにも訊きたいことがあるんです」

 

 ナーシャとルベルが席をはずしている間、ユカリら3人は「戦う理由は何ぞや」という流れに会話がシフトしていたらしい。これから訓練を続けて行くにあたっての、心構えについてといったところだろうか。

 実際アークスにとって精神面での柱を持っておく、というコトは非常に重要だ。なにせフォトンはその精神の影響をモロに受けるエネルギーであり、いわば想いの力が強ければ強いほどに真価を発揮する。

 そして逆にフォトンの才を持つアークスが深い絶望に陥るなどすると、フォトンの性質が転化しダーカーに近い存在へ成り変わるコトも、ごく稀にだがあるとされる。

 そのため、アークスにとってはことさら戦う理由が重要であると言えた。

 

「戦う理由――か」

 

 ナーシャは眼帯の紐をいじりながら思案する。

 いずれユカリという少女は戦わなければならない、ルベルはそう言った。家主や団長がそれを受けて何をしようとしているのかも分からない。

 しかし、自分に出来るコトがあるとすれば……それは出来る限りの戦い方を、戦いに必要なモノを伝え授けるコトだろう。ナーシャはそう結論づけた。

 

 ナーシャが虚空機関を離れたのは、機関そのものが壊滅したからではない。正確には、その少し前に機関を離反していたのだ。

  長であるルーサーが健在だったころの虚空機関と言えば、オラクルにおいて逆らえる者は居ないほどの権限を持っていた。それでもなお彼女が機関を抜けて、スパイの任をなげうってまで、いちアークスとして活動する決意を固めたのか。

 

「守りたい人たちが居るんだ」

 

 ぽつりとナーシャがこぼす。

 

 かつて彼女は、大切なモノ全てを喪った。同じことの繰り返しであり、毎日が新鮮でもある日常を。その日常でいつも傍らに居た家族を。

 そこでぽっかりと空いた隙間へ入り込むようにして、あのルーサーは彼女を篭絡した。虚空機関に言われるがまま、与えられ育てられた能力で幾つもの任務を遂行した。盲目的にも、それが全てをなくした自分の存在意義になると思ったから。

 

 しかしスパイとしてアークスへ入り込み、彼女は少しずつ変わる。変えたのは、彼女の周りに集まった仲間たちだった。ただの「友軍」としてしか見ていなかったアークスたちは、いつからか彼女の中で「今度こそ失いたくない、新たな大切なもの」へと変わった。

 だから彼女は虚空機関という強大な相手にも、大切なものを守るために、刃を向けると決意した。

 

「たとえば、任務で窮地に立たされたとき。死を予感したとき。決まってそいつらの顔を思い出すんだ。そして、想像するんだ……その笑顔と『その輪の中で笑っている自分』を」

 

 そうすると不思議なことに、何度でも立ち上がれるのだ。死の予感はどこかへ追いやり、その先へ向かおうと脚が、刃が動き出す。

 

「私は誰かの死に憂いていたいワケでも、誰かを守り死んだ自分を憂いてほしいワケでもなく――ただ、その大切な人たちと笑っていたいんだ。そのために、私は戦っている」

 

 ナーシャは勿論、ユカリの詳しい過去を知らない。ただその無邪気で純粋に見える瞳の奥にどこか、かつての自分と同じような虚ろな光を見た気がした。

 だからかもしれない。今日会ったばかりのユカリに、ナーシャがここまで話したのは。彼女はユカリの頭の上に、ぽんと優しく手を置いて言った。

 願わくば、ユカリの正体が家主とルベルの言っていた通りだったとして、ユカリ自身がそれを知った時――惑わずに「自分の意思」で答えを導けるようにと願いながら。

 

「いつかユカリにもそんな仲間が、居場所が出来ると良いな。……――さて、そろそろ午後の訓練を始めようか?」

 

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