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小説『Endless story』#3-3

 #3-3【不動のベストワンに君臨しているオールドファッション

 

 

 

 2年ほど前まで、事実上アークスの全権を握っていたのは研究室……または『虚空機関(ヴォイド)』と呼ばれる集団の総長である『ルーサー』という男だった。

 全アークスシップの管制を掌握し、三英雄や『始末屋』までも従え、自身もダークファルス【敗者】としてオラクルの頂点に君臨していたフォトナー。

 彼が言う『全知』とやらを渇望し、そして誰よりも『全知』に近かった男。

 歪んだ形と言えど、永きにわたってオラクルを支配し管理し統括してきた存在。

 

 ――ナーシャ・スフィアロットとは、そのルーサー直々にフォトンの才を見込まれた、元『虚空機関』の密偵にして剣士である。

 

「はあッ!」

 

 ユカリが鋭く踏み込みながら、思い切りカタナを振り下ろす。息を継ぐ間もなく、返す刃で逆袈裟に斬り上げる。身体を開いた体勢、今度は外側から内側へ刃を。

 ほんの少し前、初めて刃を握った少女とは思えぬ上達。無論フォトンによる身体強化も功を奏しているのだろうが、それをこのレベルで扱えていること自体が並々ならない。

 ともすれば、すぐに士官学校の最上級生にも追いつくのではというほどの才覚。

 

 しかし――それでもナーシャに一撃を当てるどころか、剣を抜かせることさえ叶わない。

 最初の踏み込みは半身になって避け。逆袈裟は軽く身体を捻り。視界の外から迫る大振りの一撃は、低く体勢を沈めて。

 無駄がない挙動の度に翻る、彼女の蒼い髪の束さえもが、攻撃の合間をすり抜けてゆく。

 ならばと歯噛みしたユカリが体勢を整え、次の一手へ転じようとした直前。

  

「う、わ」

 

 とん、とナーシャの指先がユカリの額を小突く。

 まだバランスを崩したままでいたユカリは、そのまま後ろへ倒れ込む。

 そして倒れたユカリに向かって、ついにナーシャがカタナを抜き――切っ先を首筋からわずか1cmのすれすれで、止める。

 

「……今回もナーシャの勝ちね」

 

 淡々と告げるルベルと、またか、といった様子でため息をつくユカリ。ナーシャは手でカタナを一回転、くるりと弄んだ後に納刀する。

 ちなみに危険防止のため、互いに武器のフォトン出力をスタンモード(触れても痺れる程度)に抑えているとはいえ、首元に刃を突きつけられる感覚は心肝が冷えるものだ。

 

 ナーシャとユカリの模擬戦闘が始まってから既に1週間が経過し、ついにユカリの敗北回数は200の大台を超えていた。その間ユカリがナーシャに攻撃を当てた回数は、当然ながらゼロ。

 模擬戦闘の合間に行っている、対原生種やダーカーとの戦闘訓練は上手くやっていると言っても、肝心の課題がこれではそろそろ気も滅入ってくるというものだった。

 

「気を抜くと、攻める事ばかりに意識を寄せてしまうクセがあるな。こと対人戦については踏み入り過ぎず、離れ過ぎずの間合いを常に意識した方が良いだろう」

 

 これがビギナーとベテランの差とでも言うべきか、攻撃の全てをなんなく躱してみせた上に弱点まで見抜く余裕。ユカリは目が覚めるような、なおさら自分に落胆するような、なんとも複雑な心境である。

 

「ルベルさん、ナーシャさん、ユカリさん。差し入れを持ってきましたよ」

 

 そのタイミングを見計らってか、たまたまなのか……色白い肌と白髪に和装、そして狐耳と計6本の狐の尻尾が特徴的な女性が、包まれた重箱のようなモノを持って訓練所へと入って来た。比較的落ち着いた感じのナーシャよりも更に物静かな雰囲気を持つ女性で、若々しい見た目ながらどこか大人っぽい空気を纏っていた。

 隣にはもう1個の重箱を抱えながら、なぜかドーナツをくわえたライレアもついてきている。

 

「……頃合いも良いわね、休憩にしましょう」

 

 時刻は、オラクルの時間で言う昼ごろにさしかかっている。

 訓練が始まって数日ほど経ったくらいから、話を聞きつけたメンバーがこうしてユカリの様子を見に来たり、時には差し入れを持ってきてくれるようになったのだ。

 そして今日は折角なのでということで、この狐耳と尻尾に和装が特徴的な女性アークス『白狐(シロキツネ)』が昼食を作り、持ってきてくれる手筈になっていた。

 

 片方の重箱の中は手巻き寿司と惣菜類が並び、もう一方の重箱の中には一面のドーナツが並んでいる。

 何か釈然としないのか、ドーナツを見つめながらすこし戸惑ったような表情を浮かべるユカリを他所に、他の面々はめいめいに昼食へ手を付け始めていた。

 ユカリもやはりモヤッとしたままドーナツのひとつに手を付けると「あっおいし……」と言ったきり黙る。どうやら美味しければ細かいコトは言わない方針に決定したらしく、もくもくと彼女もドーナツを頬張り始めた。

 

「そういえば白狐もブレイバーだったわね」

「ええ、皆様のように素晴らしい腕前を持っているワケではありませんが……」

「謙遜はいいのよ。それより貴女なりの、ブレイバーでカタナを扱う時のコツとかは無いかしら」

 

 白狐は口元に人差し指を当て、中空を見つめながらしばらく思案する。

 

「……呼吸、でしょうか」

「ほひゅう?」

 

 ドーナツを頬張ったままだからか奇妙な訊き返し方をしたユカリは、そのまま大袈裟なくらいに赤面し、そして慌ててドーナツを飲み込もうとしてむせた。ルベルに横合いから無言で差し出されたお茶によってなんとか事なきを得る。

 

「呼吸、ですか?」

 

 何事もなかったかのように今度こそユカリが訊き返すと、白狐はうなずく。

 

「いかにして勝つかとは、いかにして相手を無力化しつつ自分の攻撃を当てるか、というコトに尽きると思います。考えなしに攻め込んでも、ともすれば敵と同士討ちしかねない。だからこそ『最高のタイミング』で『最高の位置』から斬り込めるよう、敵と自分の呼吸を測る……私から言えるのは、このくらいでしょうか」

「なる……ほど?」

「言葉だけでは掴みにくいかもしれません、今度から思い出した時に実践して、ゆっくりと慣らしてみてはいかがでしょう?」

 

 首をかしげるユカリと、それをなだめる白狐。こちらへ来た当初へ比べ、ユカリもそろそろ世界群歩行者達のメンバーと徐々に打ち解けてきたようだった。

 その傍らで、ナーシャがルベルに何事かを耳打ちする。それを聞き届けると、ルベルはナーシャと共にその場を立ち上がった。

 

「……少し、わたしとナーシャは話すことがあるので席を外すわ。おそらく貴女達が食べ終わったころに戻ってくると思うから、それまで休んでいて良いわよ」

 

 

 

 

 

 

「――これは、何が目的なんだ。あまりにハードじゃないか?」

 

 訓練所の外れにある一角で、ナーシャはルベルに問う。

 

 そもそもユカリはダーカーの襲撃に巻き込まれただけの地球人であり、本来なら1ヶ月の間勾留する必要も、いくら自衛のためと称したって戦闘訓練を行う必要性もないのだ。

 ユカリがまた地上のダーカーに襲われる可能性を危惧しているなら、彼女が住んでいる区域の警戒レベルを上げれば良いだけのこと。

 

 それをかれこれ1週間もVRとはいえ訓練施設へ連れ出して、あまつさえ現役のアークスと戦わせている。

 いったい何のためにそんなコトをするのか、ナーシャはルベルにそう問い掛けていた。

 

「何が目的って、簡単よ。――実戦へ出るのに、うっかり死にでもされたら後味悪いじゃない? だから、出来るだけのコトはしておくの」

「実戦……だと?」

 

 ナーシャは、ルベルが放った言葉に耳を疑った。

 

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