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小説『Endless story』#9-3

#9-3【ユカリ】

 

 

 

 短く簡潔な縁の言葉を合図に、私の指先は力を失った。そして、脳裏に響く声。

 

『あなたが居なくなったら、私たちが困る!』

 

 それはいつかルベルが言ってくれた言葉だった。

 手のひらをもう一度、力の限り握り締める。

 頭の中には、無数の言葉が反響している。

 

『ようこそ、世界群歩行者達へ!』

『おいしいね』

『ボサッとしてんじゃねえよ!』

『あまり1人で思い詰めないでください』

『大丈夫、私が守るからね』

『俺の娘と、その友達に手は出させん』

『……面白い小娘だ』

 

 私の手に乗せられた足を、渾身の力で振り払う。縁もさすがに驚いたらしく、いくらか目を見開く。素早く後ずさりすると、彼女は顔をしかめて舌打ちした。

 

「何で、まだ消えないの?」

 

 肩で呼吸しながら、私はなんとか身体を起こす。めまいがするほどにしんどい。呼吸をするのも億劫でたまらない。でも生きている。まだ生きている。逆に強く実感できた。

 集中が途切れたことで、アリシアを取り囲んでいた青い奔流も霧散したらしい。彼女も転がったまま咳き込んではいたが、まだ彼女自身の姿のままだった。

 

「何で、笑っているの?」

 

 縁がそう言ったことで、私は自分の口角が上がっていることにようやく気付く。

 自分の表情にすら気付かないほど、今の私は別の感情で満たされていた。

 

「はあッ……別、にぃ? ただ……思っただけだよっ……」

 

 足元がふらつく、視界が少しだけぼやける。自分を打つ雨の一粒一粒が、やたらと強く感じる。消されかけて満身創痍で、それでも私は立ち上がった。そして言ってやった。

 

 

 

「まだ……――死にたくないなって!」

 

 

 

 みんなと居たい。誰1人として、絶対に欠けてほしくない。その意志だけは、まぎれもなく私自身の意志である。

 まだ私は生きていたいんだ、みんなと居たいんだ、私の居場所を奪わせたくないんだ。私を初めて認めてくれた居場所で。私を受け入れてくれた仲間たちと。私は、まだ生きていたいんだ。まだ笑っていたいのだ。

 そのために、私はここで黙って消されてやるワケにはいかない。

 たとえ私自身が誰かの模倣体だったとしても、世界群歩行者達のみんなと過ごした私は、間違いなく「透藤縁」ではなく「ユカリ」だ、私自身だ。

 

『私は誰かの死に憂いていたいワケでも、誰かを守り死んだ自分を憂いてほしいワケでもなく――ただ、その大切な人たちと笑っていたいんだ。そのために、私は戦っている』

 

 いつぞや聞いたナーシャの言葉が、心の中でリフレインする。

 

『いつかユカリにもそんな仲間が、居場所が出来ると良いな』

 

 ……――ナーシャさん、私、出来たよ。そんな仲間が、居場所が。

 だから私も立ち上がる、立ち向かう、戦う。そのための力は、もう手にしていたらしい。

 ここに来て、私を警戒すべき対象として認識しておきながら、敢えて自由にさせていた意図を理解する。私に訓練と実戦経験を踏ませ、世界群歩行者達に置いた理由を把握する。

 きっとこの感情やまだ生きていたいって欲望は、そうした日々の賜物だ。みんなと過ごした時間が、私に抗うための力を与える。

 縁が私に向けて再び手をかざす。さっきと同じ苦しみが襲う、しかし怯まずに相対する。

 

 ……――幻創種や具現武装とはエーテル、そしてヒトの想像や願望の力であるらしい。

 ならば、幻創種や具現武装「自身」の想像と願望は、どうなのか?

 

『貴様はダークファルスの幻創種ではない。しかし、やることは同じだ。その意志の力で以て、支配を打ち消せ。自分を受け入れた群れを思い出し、しがみ付き、何が何でも抗え。それこそ――貴様が生きるための術だ』

 

 社長はそう言っていた。

 もし幻創種や具現武装自身の想像や願望までもがエーテルに影響を及ぼすのならば……縁の制御を超えるほどに強い「生への願望」で、自分に対する支配を跳ね除けろ。恐らくはそうしろという意味だったのだ。

 だから私は真っ向から抗う。まだ生きていたいなんていう願望を、臆面も隠すことなく、すべて曝け出す。そうだ、まだ生きていたんだ、私は。

 たとえ私の正体が何であろうが、そんな些細なことはどうでもいいほど。

 自覚すると同時に、私を青い奔流が包んでいく。これは縁によるダークファルス化ではない。私自身の意志でエーテルが収束していく。

 縁の支配は終わりだ。なりたい自分へと変わるために、ためらう理由はどこにもない。ここから先の私の全ては、私が決める。

 

 

 

 ……――さあ。自分の存在さえも、自分の意志で創り変えてしまおう。

 

「もう一度言ったげる! 私はもう、死にたがりのあなたじゃない。もう透藤縁の模倣体なんかじゃない! 私は私だ!」

 

 

 

 腹の底から全力で、思いっきり叫ぶ。

 烈風。

 閃光。

 エーテルの奔流がひときわ輝く。私と縁を結んでいた、決定的な何かが途切れた。

 

「くうッ!!」

 

 縁の手が見えない衝撃に弾き飛ばされ、数歩後ずさる。改めてこちらを睨み付ける表情には、明らかな動揺。

 

「……――噓でしょ……」

 

 縁は一言だけ、唖然とした様子でこぼした。無理もないだろう。支配下にあったハズの私が、自力でそれを脱却したのだから。

 私はと言えば、彼女の様子を観察する程度に落ち着いているし、頭も冴えているらしい。今の影響か雨を降らす空には割れ目が見え、垣間見える青空から陽が差し込んでいた。

 

 私は変わった自身の姿を見る。手に握られていた一振りの刃を眺める。普段のセーターとショートパンツ姿ではない。もっと近未来的で、しかし黒に近い紫を基調としたコートを連想させるような恰好。持っている刀は、我ながら似合わないと思うほどに長い。ただ光を反射する淡い紫色の刀身はとても奇麗だった。

 

 刀で中空を一振りする。切っ先を払い改めて縁の方へと向き直る。周囲には依然としてI・ダーカーの大群が居り、縁自身を無力化できたワケでもない。

 しばらく縁は呆気に取られていたようだが、ハッと我に返って腕を振るう。

 そして案の定I・ダーカーをけしかけてきた。

 前方にキュクロナーダ、サイクロネーダ、ヴィドルーダなどI・ダーカーの大群が見える。コンクリートを踏みしめてこちらへ向かって来る。

 息を吐いて、眼前の景色をしっかりと見据えた。

 さあ、一気に脚へと力を乗せて、溜めて、渦巻かせて、爆発させて、飛び込み――……。

 

「……――グレンテッセン!!」

 

 見事思い切りジャストミート。

 キュクロナーダとサイクロネーダを、まとめて胴体の部分で両断する。

 

「一体……何が起こっているの!?」

 

 取り乱す縁。私自身も不思議なほど、力に満ち溢れている。これならば、みんなと肩を並べられる。みんなを守れる。湧き上がる自信を自覚しながら、構え直す。

 そして間髪入れず、更なる一撃。

 

「カンランキキョウッ!!」

 

 ヴィドルーダ、ソルザ・プラーダ、ダガン、ディガーダ、プレディガーダ。I・ダーカーの群れをまとめて薙ぎ払う。エーテルのお陰なのか、自分の能力が跳ねあがっているのを自覚した。思わずニヤつきそうになる。

 私の表情を見てか、縁は一層不快げに歯噛みして睨み付ける。ならばと言わんばかりに新たな刺客を放つ。それによって寸前までの私の余裕は、嘘のように搔き消された。

 現れたのは大型ダーカー・ウォルガーダに同じくコドッタ・イーデッタ、そして。

 

「だったら――コレの相手はどう!」

「ファルス・ヒューナルに……ファルス・アンゲル!?」

 

 ルベルとロゼが縁によって変身させられた姿である、ダークファルスの化身らが桁外れの重圧を放つ。それぞれが魚介系ダーカーと有翼系ダーカーを統べる、ダーカーの王。

 未だに残っている小・中型ダーカーの群れだけでも本当は充分厄介なのに、大型に加え、よりによってコイツら、いや、このヒトたちまで。

 

「直接消せないならこの子たちでやるまで! まだ抗えるっていうなら、やってみてよ!」

 

 縁が手を前方に振り抜いた。それが合図のように、I・ダーカーの軍勢が迫り来る。他のメンバーも駆け付けようとする。さすがに分が悪い。私もいったん下がろうかと考えたが、まだ先ほどのダメージが残っているアリシアを置いては行けない。

 時を待たず狭まる包囲網。

 だけど私は守るのだ。守ると決めた。そのための力を手に入れたんだ。諦めるな、折れるな、考え抜け、立ち向かえ。斬って一掃は無理だ、ならば突破口を開くか。アリシアを守りながらどうやって切り抜ける?

 諦めるな、立ち向かえ、あくまでも前を見据えろ。

 私はダーカーの大群を相手に切っ先を突きつける。そう、諦めたらそこで、何もかもが終わりなのだ。何としても突破口を切り開く、現状を打開する。溢れる勇気に煽られて、私はあくまで迫り来る脅威と相対する覚悟を見せ付けた。

 その刹那――……。

 

 

 

「フォトンブラスト発動。出て来いユリウス――圧し潰せ!」

 

 

 

 ……――何が起こったのか、理解出来なかった。

 遅れて気付く。私たちを包囲していたI・ダーカーが凶悪な重力に引き寄せられたのだと。

 私の少し前方へ。その一か所に何体ものI・ダーカーが。引き寄せられる。圧縮される。潰される。金属塊がひしゃげるような音と共に。

 その中でヒューナルとアンゲルが何とか重力を弾く。ヒューナルが迫って刃を振るう。アンゲルが幾本もの氷柱を生み出して飛ばす。

 

 しかし直前で私の視界に飛び込む影。黒い人影と淡い緑色の閃光。差し込む無数の剣閃。氷柱は全て容易く砕かれ――そして斬り落とされた。

 

 次いで鳴り響いた硬質な金属音。エルダーペインの刀身が無機質な純白の腕に掴まれて阻まれる。6本腕の大きな白い妖精が、フォトンブラストによって召喚された「ユリウス」が、私と割り込んだ「彼」を覆い守るようにしていた。

 私は「彼」の姿を知っている。死にかけた私をすんでのところで救出し、オラクルまで連れてきたアークス。おそらくは今の私の原点とも言える存在。

 黒いコートの裾をはためかせ、細身の太刀を携えた「彼」は振り向きざまに言う。

 

「久しぶり。今度は間に合ったか?」

 

 

 それは緑色の右目が印象的な青年……家主こと「ウィリディス」だった。

 

 

 

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