小説『Endless story』#9-3
- 2017/06/07 13:47
- カテゴリー:小説, PSO2, ゲーム, Endless story
- タグ:EndlessStory
- 投稿者:Viridis
#9-3【ユカリ】
短く簡潔な縁の言葉を合図に、私の指先は力を失った。そして、脳裏に響く声。
『あなたが居なくなったら、私たちが困る!』
それはいつかルベルが言ってくれた言葉だった。
手のひらをもう一度、力の限り握り締める。
頭の中には、無数の言葉が反響している。
『ようこそ、世界群歩行者達へ!』
『おいしいね』
『ボサッとしてんじゃねえよ!』
『あまり1人で思い詰めないでください』
『大丈夫、私が守るからね』
『俺の娘と、その友達に手は出させん』
『……面白い小娘だ』
私の手に乗せられた足を、渾身の力で振り払う。縁もさすがに驚いたらしく、いくらか目を見開く。素早く後ずさりすると、彼女は顔をしかめて舌打ちした。
「何で、まだ消えないの?」
肩で呼吸しながら、私はなんとか身体を起こす。めまいがするほどにしんどい。呼吸をするのも億劫でたまらない。でも生きている。まだ生きている。逆に強く実感できた。
集中が途切れたことで、アリシアを取り囲んでいた青い奔流も霧散したらしい。彼女も転がったまま咳き込んではいたが、まだ彼女自身の姿のままだった。
「何で、笑っているの?」
縁がそう言ったことで、私は自分の口角が上がっていることにようやく気付く。
自分の表情にすら気付かないほど、今の私は別の感情で満たされていた。
「はあッ……別、にぃ? ただ……思っただけだよっ……」
足元がふらつく、視界が少しだけぼやける。自分を打つ雨の一粒一粒が、やたらと強く感じる。消されかけて満身創痍で、それでも私は立ち上がった。そして言ってやった。
「まだ……――死にたくないなって!」
みんなと居たい。誰1人として、絶対に欠けてほしくない。その意志だけは、まぎれもなく私自身の意志である。
まだ私は生きていたいんだ、みんなと居たいんだ、私の居場所を奪わせたくないんだ。私を初めて認めてくれた居場所で。私を受け入れてくれた仲間たちと。私は、まだ生きていたいんだ。まだ笑っていたいのだ。
そのために、私はここで黙って消されてやるワケにはいかない。
たとえ私自身が誰かの模倣体だったとしても、世界群歩行者達のみんなと過ごした私は、間違いなく「透藤縁」ではなく「ユカリ」だ、私自身だ。
『私は誰かの死に憂いていたいワケでも、誰かを守り死んだ自分を憂いてほしいワケでもなく――ただ、その大切な人たちと笑っていたいんだ。そのために、私は戦っている』
いつぞや聞いたナーシャの言葉が、心の中でリフレインする。
『いつかユカリにもそんな仲間が、居場所が出来ると良いな』
……――ナーシャさん、私、出来たよ。そんな仲間が、居場所が。
だから私も立ち上がる、立ち向かう、戦う。そのための力は、もう手にしていたらしい。
ここに来て、私を警戒すべき対象として認識しておきながら、敢えて自由にさせていた意図を理解する。私に訓練と実戦経験を踏ませ、世界群歩行者達に置いた理由を把握する。
きっとこの感情やまだ生きていたいって欲望は、そうした日々の賜物だ。みんなと過ごした時間が、私に抗うための力を与える。
縁が私に向けて再び手をかざす。さっきと同じ苦しみが襲う、しかし怯まずに相対する。
……――幻創種や具現武装とはエーテル、そしてヒトの想像や願望の力であるらしい。
ならば、幻創種や具現武装「自身」の想像と願望は、どうなのか?
『貴様はダークファルスの幻創種ではない。しかし、やることは同じだ。その意志の力で以て、支配を打ち消せ。自分を受け入れた群れを思い出し、しがみ付き、何が何でも抗え。それこそ――貴様が生きるための術だ』
社長はそう言っていた。
もし幻創種や具現武装自身の想像や願望までもがエーテルに影響を及ぼすのならば……縁の制御を超えるほどに強い「生への願望」で、自分に対する支配を跳ね除けろ。恐らくはそうしろという意味だったのだ。
だから私は真っ向から抗う。まだ生きていたいなんていう願望を、臆面も隠すことなく、すべて曝け出す。そうだ、まだ生きていたんだ、私は。
たとえ私の正体が何であろうが、そんな些細なことはどうでもいいほど。
自覚すると同時に、私を青い奔流が包んでいく。これは縁によるダークファルス化ではない。私自身の意志でエーテルが収束していく。
縁の支配は終わりだ。なりたい自分へと変わるために、ためらう理由はどこにもない。ここから先の私の全ては、私が決める。
……――さあ。自分の存在さえも、自分の意志で創り変えてしまおう。
「もう一度言ったげる! 私はもう、死にたがりのあなたじゃない。もう透藤縁の模倣体なんかじゃない! 私は私だ!」
腹の底から全力で、思いっきり叫ぶ。
烈風。
閃光。
エーテルの奔流がひときわ輝く。私と縁を結んでいた、決定的な何かが途切れた。
「くうッ!!」
縁の手が見えない衝撃に弾き飛ばされ、数歩後ずさる。改めてこちらを睨み付ける表情には、明らかな動揺。
「……――噓でしょ……」
縁は一言だけ、唖然とした様子でこぼした。無理もないだろう。支配下にあったハズの私が、自力でそれを脱却したのだから。
私はと言えば、彼女の様子を観察する程度に落ち着いているし、頭も冴えているらしい。今の影響か雨を降らす空には割れ目が見え、垣間見える青空から陽が差し込んでいた。
私は変わった自身の姿を見る。手に握られていた一振りの刃を眺める。普段のセーターとショートパンツ姿ではない。もっと近未来的で、しかし黒に近い紫を基調としたコートを連想させるような恰好。持っている刀は、我ながら似合わないと思うほどに長い。ただ光を反射する淡い紫色の刀身はとても奇麗だった。
刀で中空を一振りする。切っ先を払い改めて縁の方へと向き直る。周囲には依然としてI・ダーカーの大群が居り、縁自身を無力化できたワケでもない。
しばらく縁は呆気に取られていたようだが、ハッと我に返って腕を振るう。
そして案の定I・ダーカーをけしかけてきた。
前方にキュクロナーダ、サイクロネーダ、ヴィドルーダなどI・ダーカーの大群が見える。コンクリートを踏みしめてこちらへ向かって来る。
息を吐いて、眼前の景色をしっかりと見据えた。
さあ、一気に脚へと力を乗せて、溜めて、渦巻かせて、爆発させて、飛び込み――……。
「……――グレンテッセン!!」
見事思い切りジャストミート。
キュクロナーダとサイクロネーダを、まとめて胴体の部分で両断する。
「一体……何が起こっているの!?」
取り乱す縁。私自身も不思議なほど、力に満ち溢れている。これならば、みんなと肩を並べられる。みんなを守れる。湧き上がる自信を自覚しながら、構え直す。
そして間髪入れず、更なる一撃。
「カンランキキョウッ!!」
ヴィドルーダ、ソルザ・プラーダ、ダガン、ディガーダ、プレディガーダ。I・ダーカーの群れをまとめて薙ぎ払う。エーテルのお陰なのか、自分の能力が跳ねあがっているのを自覚した。思わずニヤつきそうになる。
私の表情を見てか、縁は一層不快げに歯噛みして睨み付ける。ならばと言わんばかりに新たな刺客を放つ。それによって寸前までの私の余裕は、嘘のように搔き消された。
現れたのは大型ダーカー・ウォルガーダに同じくコドッタ・イーデッタ、そして。
「だったら――コレの相手はどう!」
「ファルス・ヒューナルに……ファルス・アンゲル!?」
ルベルとロゼが縁によって変身させられた姿である、ダークファルスの化身らが桁外れの重圧を放つ。それぞれが魚介系ダーカーと有翼系ダーカーを統べる、ダーカーの王。
未だに残っている小・中型ダーカーの群れだけでも本当は充分厄介なのに、大型に加え、よりによってコイツら、いや、このヒトたちまで。
「直接消せないならこの子たちでやるまで! まだ抗えるっていうなら、やってみてよ!」
縁が手を前方に振り抜いた。それが合図のように、I・ダーカーの軍勢が迫り来る。他のメンバーも駆け付けようとする。さすがに分が悪い。私もいったん下がろうかと考えたが、まだ先ほどのダメージが残っているアリシアを置いては行けない。
時を待たず狭まる包囲網。
だけど私は守るのだ。守ると決めた。そのための力を手に入れたんだ。諦めるな、折れるな、考え抜け、立ち向かえ。斬って一掃は無理だ、ならば突破口を開くか。アリシアを守りながらどうやって切り抜ける?
諦めるな、立ち向かえ、あくまでも前を見据えろ。
私はダーカーの大群を相手に切っ先を突きつける。そう、諦めたらそこで、何もかもが終わりなのだ。何としても突破口を切り開く、現状を打開する。溢れる勇気に煽られて、私はあくまで迫り来る脅威と相対する覚悟を見せ付けた。
その刹那――……。
「フォトンブラスト発動。出て来いユリウス――圧し潰せ!」
……――何が起こったのか、理解出来なかった。
遅れて気付く。私たちを包囲していたI・ダーカーが凶悪な重力に引き寄せられたのだと。
私の少し前方へ。その一か所に何体ものI・ダーカーが。引き寄せられる。圧縮される。潰される。金属塊がひしゃげるような音と共に。
その中でヒューナルとアンゲルが何とか重力を弾く。ヒューナルが迫って刃を振るう。アンゲルが幾本もの氷柱を生み出して飛ばす。
しかし直前で私の視界に飛び込む影。黒い人影と淡い緑色の閃光。差し込む無数の剣閃。氷柱は全て容易く砕かれ――そして斬り落とされた。
次いで鳴り響いた硬質な金属音。エルダーペインの刀身が無機質な純白の腕に掴まれて阻まれる。6本腕の大きな白い妖精が、フォトンブラストによって召喚された「ユリウス」が、私と割り込んだ「彼」を覆い守るようにしていた。
私は「彼」の姿を知っている。死にかけた私をすんでのところで救出し、オラクルまで連れてきたアークス。おそらくは今の私の原点とも言える存在。
黒いコートの裾をはためかせ、細身の太刀を携えた「彼」は振り向きざまに言う。
「久しぶり。今度は間に合ったか?」
それは緑色の右目が印象的な青年……家主こと「ウィリディス」だった。