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小説『Endless story』#8-3

#8-3【They mean business No time for sissy pig

 

 

 

 まずDFco.とは何かを説明する必要があるだろう。

 Darkers Fall Corporation(ダーカーズフォールコーポレーション)は対ダーカー兵器・兵装の開発を主業務とする企業だ。対弩級エネミー用決戦兵装「A.I.S.(Arks Interception Silhouette)」や潜在能力「負滅牙」を持つ武器など数々の特許を有し、オラクル内の兵器市場において確固たる地位を確立している、押しも押されもせぬ大企業である。あくまで、表向きは。

 しかし実情はアークス勢力に対してもダーカー勢力に対しても平等に取引を行い、両者の均衡を保つ調整者だ。アークスにとってタブーとされるダーカーへの加担を平然と犯す性質上、その企業について詳細まで知る人物は、アークスにおいてもごく僅か。

 現在のアークスにおける、最深部のひとつと言っても差し支えない、いわばフィクサー。なのでその立ち位置や実情を知る「僅かな人物たち」からは、こうも呼ばれる……――Dark Falz Corpration(ダークファルスコーポレーション)と。

 それがDFco.である。

 

「そして改めて、私がその社長専属の秘書」

 

 アークスシップ某所の巨大ビル。

 通常のエレベーターではなく、秘書……アルーシュが動かす直通エレベーターの中に、ユカリとアーテルを含めた3人は居る。秘書としてのアルーシュはどこか普段よりも張り詰めた空気を纏っており、普段の親しみやすさは面影を潜めていた。

 その姿がユカリに、これから会いに行く人物のことを改めて思い起こさせる。

 緊張が無いと言えばウソになる。怖くないとはとても言えない。しかし、それでも自分がやると決めたことのために、今更物怖じしても仕方がないと、ある意味腹を括っていた。

 

 あっという間にエレベーターはベルを鳴らし、最上階へ到達したことを伝える。降りた先にあったモノは、飾り気のない無機質なドア。アルーシュがロックを解除すると、ドアは鈍い音を響かせながら開く。

 広い室内の……社長室の奥には、机に座りながら幾つものモニターに対し、並列に作業を行う男性の姿があった。紫銀の髪。紫紺の瞳。両頬に刻まれた紫の文様。黒い丸眼鏡の奥から覗く眼光は、今にも射殺されるかと思うほどに鋭い。

 こうして対峙するだけで並ならない重圧を感じさせるのは、彼がダークファルスだからなのか、それとも本人の性質によるモノなのか。

 いずれにせよ、この男こそがDFco.の代表取締役であり、ダークファルスが一角【群狼】の力を御す男である。

 

「来たか」

 

 社長は3人の方へ振り返ると、どことなく不機嫌な面持ちと声で言う。もっとも社長は常に威圧的な態度であり、笑うというコト自体が稀なので、普段通りと言えばそうだが。

 彼はスーツの内ポケットへ手を伸ばすと、愛用の銘柄「ウォルターウルフ」を取り出す。タバコの先端にジッポライターで火が灯され、社長はゆっくりを紫煙を吸い込んだ。

 

「用件は研究者(アーテル)から聞いている。ダークファルスの力を制御したい、と?」

「……はい、その通りです」

 

 気圧されながらも、ユカリは応じる。

 詳細までは告げられていない。ユカリに伝えられたのは、社長はダークファルス【群狼】を身に宿し、それを抑え込み、制御しているという事実のみ。しかしダークファルスの力に関することであれば、確かに現状これ以上の適任は居ないだろう。

 ただ、問題は別のところにある。

 

「……――それがどうした?」

 

 え、と、間抜けな声を上げるユカリ。

 ギロリとユカリを一瞥する社長。

 

「何を不思議そうにしている。まさか、私が二つ返事で快諾するとでも思ったのか?」

 

 ユカリの隣でアーテルは「やはり」とでも言いたげに、鼻で溜め息をつく。アルーシュは何も言わずに、ただ瞑目していた。

 そう、何よりも厄介なのは……この厳格さである。これだけの大企業を束ねる、気鋭の若き社長であれば、ある程度自他共にシビアな性格となるのは仕方ないかもしれないが。しかし、彼の場合はそれが一線を画していた。

 つまりこの男に限っては、ユカリがまだ世間もよく知らない少女だから、などといった理由で手心を加えたりしない。たとえ誰が相手だったとしても、それが生まれたての赤子であろうが、死にかけの老婆であろうが、世界を救った英雄であろうが、平等に対峙する。いっそ、冷酷とすら思えるほどに。

 

「私がそれを受け入れる利点は? 断れない理由は? それすら持たず、ただ懇願する為に来たならば……――時間の無駄だ、早々に立ち去れ」

 

 立ち尽くすユカリに投げかけられる、無情な言葉。しかし徹底的に正しい。本来はこれが社会というモノだ。無償の善意など、そこらに転がっては居ない。

 

「ちょっと、社長サン。この子にまつわる一連の事件は聞いているでしょオ?」

「知っているとも、だが興味は無い。厳密には、我々は世界群歩行者達とは別個の組織だ」

「だとしても、また新たな行方不明者は阻止するべきじゃないかしらァ?」

「それはそちらの都合だろう。それに――……」

 

 ひとつ、ウォルターウルフの紫煙が深く吐き出された。火を灰皿に押し付けると、社長は黒い社長椅子から立ち上がる。そして何もない中空に腕を振ると……――その手に漆黒の刀剣が握られた。巨大な獣の牙を連想させるような、反り返った鋭利な刃である。

 

「……――ならば、ここで禍根の種を絶っておくべきか?」

 

 ユカリの前に立ち、剣を握ったまま見下ろす社長。

 

「アナタ、何をする気!?」

「見れば分かるだろう」

 

 ユカリを仕留める気だ、などというコトは傍目からでも分かる。そして、この男ならば冗談でも何でもなく実行するだろう。それはアーテルやアルーシュのみならず、初対面のユカリにすら明白だった。

 ユカリは、少し前の自分なら……この黒い刃を甘んじて受けていたのだろうか、などと考えた。思わず自嘲気味の笑みが零れそうになる。

 しかし彼女は黙って斬られるでも、臆して後ずさるでもなく、まっすぐ社長の眼を見た。震える手を握り締めながら、真っ向から見据え返し、きっぱりと言い放つ。

 

「取引材料なら、あります」

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