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小説『Endless story』#6-1

 #6-1【祈り続けていたんだろう?】

 

 

 

 それは、まだ私のお父さんが迎えに来る前の話。

 ダーカーの襲撃によって両親を失い、孤児院へ引き取られた私は、そこで数多の実験を受けた。デューマン化に関する研究だったらしいことだけは知ったが、それ以上は詳しいコトを知らない。あまり良い記憶でもないので、思い出したくもなかった。

 中でも清潔感を通り越して、心の底がざわつくほど「何もない」施設に、私は一度だけ連れて来られたコトがある。それまで過ごしていた孤児院よりも、さらに冷たく無機質な印象で、壁や天井、床までもが真っ白なつくり。

 

 そして当時まだ虚空機関の護衛だったナーシャや、幾人かの研究者に連れられて、自分が過ごす部屋に案内されるときのコトだ。

 私と同じように、白衣の研究者たちに連れられて、通りすがる少女を見た。きっと当時の私と年頃は同じくらいで、黒いワンピースに身を包んだ、文字通り人形のような美少女。肌は生まれてから一度も陽に晒されたことが無いのかと言うほどに白く、絹のように繊細で滑らかな銀髪は毛先が紫に色づいていて、右の瞳はルビーやガーネット、もしくは上質なワインのような深い紅に透き通っている。

 だからこそ一層、闇夜に赤い月が浮かんでいるような左目と、頭部に生えた大小6本のツノが歪に思えた。

 少女は一瞬だけ私と目が合うと、可愛らしい笑顔を浮かべて会釈する。きっと本来なら、まるで「天使のようだ」と形容されるべき笑みが――私は心底、恐ろしかった。いまでも、その理由は分からない。

 

 実験を終えて間もなく、私とナーシャはそれぞれ別の施設へと移された。

 赤眼の少女とすれ違ったあの施設は、数年後に、ひとりの青年によって壊滅させられたらしい。ただしそれについて詳しいコトを知ったのは、私が虚空機関を統括するルーサーの呪縛から放たれ、ひとりのアークスとなり、このチーム……世界群歩行者達で件の少女「ルベル」と、施設を壊滅させた本人「ウィリディス」に会ってからだった。

 

 

 

 

 

 

「……何よ、ジロジロと人の顔を見て。私の顔に何かついているのかしら?」

 

 当のルベルは、いかにも怪訝そうな表情で言った。

 

「ううん、雰囲気変わったなあって思って」

 

 絹糸のようなグラデーションがかった髪はツインテールで束ねられ、黒い左目は眼帯で覆い隠されている。少なくとも不愛想な今のルベルからは、得体のしれない恐怖を感じなかった。

 

 ルベルとユカリ、そして私こと「ロゼ」は、走破演習に向けてキャンプシップで準備をしている。走破演習とは、指定された惑星の決められた区間を、エネミーを倒しつつ文字通り駆け抜ける実戦訓練だ。評価はかかった時間によって決まり、いわばタイムアタックの形式をとっている。

 いつぞやの市街地襲撃において、今のユカリは実戦へ出ても問題ない実力を持っていると判断された。そこで、さらにこの走破演習で経験値を積ませようと言う算段らしい。

 もちろん、訓練と言っても実戦である以上はリスクが伴う。そこで今日はルベルと私の他、あるベテランのアークスが同行する手筈になっていた。

 そのアークスこそが――……。

 

「3人共、待たせて申し訳ないな」

 

 ……――私の父でもあるキャスト「ハイド・クラウゼン」だ。

 今は日常生活用のボディから切り替わっており、黒い装甲に青いフォトンラインが走る武装で全身を覆っていた。背部には、翼のように展開された6つのシールドが目立つ。

 

「いえ、今日はよろしくお願いします……!」

「お父さんとクエストへ行くのは久しぶりだね」

「この間の市街地襲撃でも、別動隊に居たからな」

 

 年季を考えれば当たり前かもしれないけれど、私とお父さんではそもそもレベルが違う。そのため、お父さんの方が重要なクエストへ向かったり、難しい役割を要求されることも多い。誇らしいような、歯痒いような、複雑な気持ちだった。

 

 書類上、13年前に私の両親は死んだことになっていた。しかし実際のところお父さんは生き延びており、重傷で失った半身を補うためにキャストへと転身していた。

 ルベルとは別の施設から、お父さんによって救い出された私は自身もひとりのアークスとなって、世界群歩行者達に所属している。

 自由の身となった私がアークスを志したのは、今度は私がお父さんを守り、お父さんの力になるためだ。しかし、父の背中は未だに大きく、遠い。

 

「さて、そろそろナベリウスの作戦開始ポイントへ着くわね」

「ああ。ロゼもユカリも、しっかりと準備は済んだか?」

「うん、大丈夫だよ!」

「わ、私も大丈夫です……たぶん」

 

 そういえばみんなでギャザリングに行った次の日からというものの、ユカリは何か常に考え事をして、元気のない様子だった。けれど、今こうしている感じは別段ふさぎ込んだ様子もない。

 気のせいだったのだろうか、などと考えていると――……。

 

 ……――キャンプシップ内に、大きな振動が走った。

 

 赤い警告灯が明滅し、アラートが鳴り響く。

 真っ先にお父さんが私の名前を叫び、ルベルは「伏せて!」と声を荒げた。咄嗟のことにユカリの身体が空中へ投げ出されたので、反射的に彼女の手を掴もうとする。

 そして、私の意識はそこで途切れた。

 

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