小説『Endless story』#3-1
- 2016/08/17 06:43
- カテゴリー:小説, PSO2, ゲーム, Endless story
- タグ:EndlessStory
- 投稿者:Viridis
#3-1【嘘を吐いて、このまま騙していてね】
……――お嬢さん、力が欲しくはないかい?
横たわる父と母の前で泣きじゃくっていた私に、いずこから現れた白い男は呼びかける。整った顔立ちで、雫のような目元のタトゥーが印象的だった。
瓦礫の山、折り重なる死体。あちこちから火の手が上がり、そこは見慣れた「わたしのまち」ではなく、まるで地獄の様相を呈している。
山ほどのダーカーが暴れ回り、何もかもがめちゃくちゃに壊されたこの街で、なぜ彼は傷ひとつ負っていないのか。泣きじゃくる私に、それを考えるほどの余裕は備わっていなかった。むしろ、男の差し伸べた手が救いにすら思えたのだ。
「力?」
「そう、力さ。君のご両親を、君の住む街を、君の日常を、こんなにも無残に砕いたダーカーを打ち倒すための、圧倒的な力」
私に力があれば、お父さんとお母さんは死ななかったのだろうか。
私に力があれば、この街を、皆を守ることが出来たのだろうか。
お父さんとお母さんを喪った哀しみ、無力な自分への恨み、日常を壊したダーカーへの憎しみ、負の感情がごちゃ混ぜになって今にも壊れそうな私に、男は言葉を継ぐ。
「僕なら君に力を与えられる。その扱い方を伝えられる。もう一度聞くよ? お嬢さん、力が欲しくはないかい――ダーカーを倒すための力が」
「ダーカーを、倒すための力……」
男の言葉は、この上ない甘言に思えた。
「――欲しい」
男は満足そうに微笑むと、すがるように差し出した私の手を取って、立ち上がらせる。目元に雫のようなタトゥーがある、白髪長身の彼は『ルーサー』と名乗った。
「君の名前を教えてくれるかな?」
「私の名前は――」
きっとこの男に利用されるのだろう、と幼い私は薄々気付いていた。優しげなルーサーの微笑みは、目の奥に得体の知れない闇を湛えている。
それでも、私はその日――瓦礫散らばり炎燃え盛る死屍累々の地獄で、悪魔と取り引きを交わした。
♪
懐かしい夢を見た。
目を覚ますと、私はチームルームの横合いにあるバーカウンターに腰掛け、テーブルにうつ伏せでもたれかかっていた。どうやら、うたた寝してしまっていたようだ。
このところ、どうにも気分が緩んでいるのかもしれない……あまり良くないな。
今の時刻を確認し、今日の予定に頭を巡らせる。確か、つい先日ウチでしばらく預かることに決まった『ユカリ』の訓練へ同行するハズだった。
彼女は強いフォトン適性を持った地球人の少女で、地球でダーカーに襲われ瀕死だったところを、ルベルの『家主』が救出しオラクルまで運び込んで来たらしい。
地上でのダーカー出現もそうだが、それに「偶然巻き込まれた」という彼女自身も十分に不自然だということから、経過観察と自衛手段を与える意味合いも兼ねて、しばらく私たちのチームで身柄を預かることになったのだ。
――力を与える、か。ふと、思いにふける。
アークスの最深部である『虚空機関』総長にして、有翼系ダーカーを従える者『ダークファルス【敗者(ルーサー)】』。彼の失墜に伴い機関も解体されてから、あまり実感はないものの、既に2年の歳月が経った。
そして機関からアークスへ派遣されたスパイであった私も、今は単なる一介のアークスとしてこのチーム『世界群歩行者達』に籍を置いている。
団長も、よくもまあ私のような者を受け入れたものだと思う。ただ後から知った事だが、他にもこのチームはダークファルスの成りかけだとか成り損ないだとか、中には虚空機関による実験のイレギュラーで生まれた新種のダークファルスだとか、そのダークファルスが立ち上げた企業なんていうモノ(こちらについては未だに詳細が良く分からない)まで居たり在ったりするので、きっと今更その程度で動じる必要もないのだろうが。
……「ダーカーを討滅すること」こそ大義であるアークスで、それなりに名の通る大型チームが、そんなメンバーを抱えていて良いのかどうかは分からないが。いや多分大丈夫だろう、多分。きっと。
遅れるわけにもいかないので、少し早いが待ち合わせの場所へ向かうことにした。
今日はVR空間での訓練を行うらしく、ユカリにブレイバーとして最低限の技術を教えることが目的らしい。
世界群歩行者達の中にもブレイバーを扱う者は数多く居る。しかし『社長』は多忙で、ルベルの『家主』と『マーミン』――ふたりはブレイバーに限らず、ほぼ全てのクラスを使い分けるが――は地球での調査に赴いており、今はオラクルに居ない。他のメンバーも都合が合わず、結局のところ同行するのは私とルベル、そして『ライレア』の3人だけとなった。
待ち合わせ場所であるロビーのクエストカウンター前まで行くと、既にユカリとルベルが待っていた。早い到着だなと思いつつ歩み寄ると、ルベルがユカリに何かを言った後、ユカリは私に向けて小さくお辞儀をした。
それに倣い、私も会釈する。
「こんにちは、ユカリです。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは、私の名前は『ナーシャ・スフィアロット』だ。よろしく頼む」