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小説『Endless story』#1-1

 #1-1【私よ、消えろ】

 

 

 

 弱火か中火で煮えるようないきぐるしさを味わいながら、呆然漠然だらだらふらふらと生き永らえる方が良いか。

 それとも、たとえいま死ぬほど痛かろうが苦しかろうが、一気に引き受けて終わらせてしまう方が良いのか。

 どっちがお得なのだろう、と考えることはそう珍しい事でもないように思う。少し逡巡した上で……結局は、後者だろうという結論に至ることも。

 

 それでも17年間こうして生き延びてしまったのは、単に自殺するほどの度胸と勇気がないからで。実際のところ首に縄をかけようとすれば、手首に出刃包丁を当てれば、マンションの屋上から世界を見下ろせば、睡眠薬の瓶を手に取れば、私はすくんで震えてしまうだろう。

 

 とどのつまり私は「死にたい」のではなく「殺されたい」と常々思っている。出来れば痛みを感じる暇もなく、あっけなくあっという間に。

 だからなのか私はそのとき、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 

 夕方に目が覚め、冷蔵庫に食べ物が何もないと気付いた。簡単に着替えて外へ出ると、冷たい風が頬を刺す。春が近いといっても、朝夕はまだ冷えるようだ。

 というかそもそも、思い起こせば既に5日も部屋の外へ一歩も出ていなかった。そりゃ外が寒いのも当然だろう。

 

 すぐにも夕闇に沈みそうな街は、まったく人通りがなかった。

 私は人混みが嫌いで、出来れば誰かの前や後ろを歩いたりすれ違うのも少し苦手なので、ありがたいことだと思う。少しでも誰かの視界に晒されるということを避けたかった。

 セブンもあまり混んでいなければいいな。寒いし、早く買い物を済ませて帰りたい。

 

 ……そんなことを考えて、はた、と足を止める。どの交差点で曲がれば良いんだっけ?

 5日間引きこもっているうちに、この辺りの道まで忘れてしまったか。いくらなんだってそれはないだろう。私の部屋から例のコンビニまでは、歩いて10分とかからない。

 そもそもあんなところにあんな店は、ブティックなんてあっただろうか。会社のビルの看板なんて、私の部屋の近くにはなかったはずだ。

 

 急に沸き上がってきた違和感で、胸の奥がざわつく。私は夢遊病にでもなって、呆然と知らない土地まで歩いてきてしまったのだろうか。突然のことに立ちくらみすら覚える。

 どうしたものだろうか。誰かに道を聞くのは、出来れば避けたい。

 おそらくは、うっかり曲がる路地をひとつ間違えてしまっただけだとか……きっとそうだろうと思い、今来た道を振り返ることにする。

 

 ――振り返ると、そこには怪物が居た。

 

  あまりのことに声を失う。

 黒い翼を持ち、大きな鎌を携えた怪物は空中に佇んでいた。ダルマのようなフクロウのような、ずんぐりとした巨体に金色の装飾がついた不気味な様相だった。

 間を空けず、周りに次から次へと黒い化け物が現れる。二足で立つ人間大のカマキリ、単眼の巨人、カラフルで巨大なクマのぬいぐるみ。それらが何体も。何体も。何体も。

 

 それらの化け物には、見覚えがある。

 でも、どうでも良かった。何が起こっているのかよくわからない。叫んだりしないのは、頭が追いついていないから。正直に言えば、私は今この上なく混乱している。

 

 けれど「たぶん私は殺されるのだろう」ということだけは漠然と分かったから……それを悟った途端、ふっと頭から熱が失せる。全身から力が抜けて、この世界からあらゆる音が消えたような気もした。

 得体の知れない彼らが私を殺してくれると思ったとき、悲しくも怖くもない代わりに、私はひとりで寝る前のような安心感に満たされていたのだ。

 

  ただひとつだけ懸念すべきことがあったので、大きく鎌を振り上げた鳥のようなダルマのような化け物に、言う。

 

 「出来れば痛くしないでね」

 

  大鎌は勢いよく振り下ろされた。切っ先が、私の胴体を袈裟に抉る。身体のかなり深い部分まで刃が通り抜けた感覚を、確かに味わった。「死ぬほど痛い」っていう表現は流石に安っぽいけれど、成る程これは他に言い表しようがない。

 痛くしないでって言ったのにな。

 痛さで世界がチカチカときらめいて、メリーゴーランドのように何度も反転した。

 死ぬ瞬間はやっぱり断末魔を上げたほうがいいのかなと考えたけれど、面倒くさくて、やっぱりやめて、私は意識を手放して――。

 

 

 

「――『カタナコンバット』」

 

 全てが闇に包まれる直前、私の視界に淡い緑色の閃光が飛び込む。

 

 

 

 横合いに差した一条の剣閃。私を取り囲んでいた化け物の群れが、軒並み寸断された。

 そのまま割り込んだ「誰か」が、崩れ落ちる私を抱きとめる。そこで意識が途切れ、重態の私はとうとう気を失う。

 意識が落ちる直前に見た、私を抱きとめる「誰か」の、緑色の右目だけが印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 今思い出しても、出ばなからあまりに非現実的な出来事だったと思う。ただの夢を見ていただけだと言われても仕方はないし、それほどに「私」や「私たちの世界」からすれば、私が体験した一連は空想じみている。

 それでも私は胸を張って言い切れるだろう。私が出会った彼女ら、彼らは確かにそこに居たし……私もまた、そこに居た。誰かの存在証明に頼らなくても、私は自らそれを主張できるだろう。

 

  ――これは、死にたがりの私が「まだ生きていたいな」と思うまでの、ある幻創の物語。

 

 

 

PHANTASY STAR ONLINE 2 二次創作『Endless story』

筆/Viridis 協力/Ship9 チーム『世界群歩行者達』

 

 

 

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コメント

七色道化のジューダス

プロローグと合わせて一気読みしてしまいました、とても面白かったです!
今後の更新も正座待機させて頂きます(^^)

  • 2016/04/04 06:32:41

Viridis

ジューダスさん→
コメントありがとうございます。
これからも更新を頑張っていきたいと思います。

  • 2016/04/08 08:48:22

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