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小説『Endless story』#10-1

#10-1【Starry sky】

 

 

 

 それは満天の星空などではなかった。

 東西南北の果てまでも、紫色の星々が埋め尽くしているように見えるが、それは断じて違う。夜空を覆うあれら全てはI・ダーカーである。I・ダーカーのコアがそう見えているだけなのだ。怖気を通り越して、呆然とするしかない光景に立ちすくむ。遠鳴りのように羽音が響いている。

 縁が言った、全力で隔離領域を展開しろという忠言はハッタリでも何でもなかった。私以外のメンバーたちも同様に圧倒されている様子で、開いた口が塞がらずに居る。

 

 それだけならばまだしも、それだけではない。

 想定の範疇ではあった、しかし誰もがそうであって欲しくはないと思っていた。かつて見たこともない規模の軍勢に、それらの脅威が塗り重ねられるなんて。降り立ったこの街の南方、西方、東方で巨大な影が待ち受けている。

 それらはダーカー狩りを生業とするアークスにとって、考え得る限り最悪の仇敵だった。

 

「エルダーにルーサーに……アプレンティスまで揃い踏みとは!」

 

 ヒューナルやアンゲルのような化身ではない。

 いわばI・ダークファルスとでも言うべきそれらが、真の姿を現し、街の3方を陣取っていた。遠く離れたこのビルの屋上からだろうと、その威容を視認できる。プレッシャーが肌を刺して伝わっていた。

 具現武装とは使役者の想像力、願望の強さ、何より心の強さの影響を強く受ける。逆境を切り開くための刃、大いなる武力への憧れ、見たい光景の再現など。

 

「どれだけの絶望を背負っていたら、これだけの具現武装を……」

 

 アリシアがぽつりと零した。

 絶望。

 そう、絶望という表現が最も近いのかもしれない。オラクルに来るまでの私は、そしてマザーと出会うまでの縁は、きっとすべてに絶望していた。生きている中で目に見える、耳に聞こえる何ひとつも、心を動かしてはくれなくて。なのに生きることは、あまりにもしんどくて。

 安心する場所であるべきハズの家で、自分よりも大きな生物から怒鳴りつけられ、暴力を振るわれ続ける毎日をどう思う? 学校だろうと外だろうと、すれ違うのは自分の何も知らない他人ばかりだ。助けてと叫ぶ方法さえも知らずに育ってきた。

 

 生きている価値を見出せなかった。きっかけがあれば死んでしまいたいと思えるほどに。

 横風とみぞれに殴りつけられながら、延々と続く墓場をたったひとりで歩いているだけのような日々。決して軽いモノではなかったと思う。

 その上であえて、私はアリシアの方は見ずに……しかし彼女へ向けてきっぱりと告げた。

 

「ちっぽけな絶望だよ」

 

 ここに居る仲間たちとなら、まだ這い上がって立って歩いていける程度の絶望だ。

 だからこそ私は恐れない。攫われた仲間を取り戻し、ようやく得られた「私の居場所」を元に戻すため。

 アリシアはしばらく私を見つめてから、黙って頷いたようだった。他のメンバーも肚が決まったらしい。先ほどまでと違い、引き締まった雰囲気が伝わってくる。

 続いて聞こえたテレポーターの転送音、降り立った複数人の足音。これで私たちの部隊……縁の居場所まで直接乗り込んで、彼女を相手取る部隊は全員揃った。

 

「うへぇ、ぎょうさん居りますなあ。みんな大丈夫やろか?」

「すっごいね、こんなにエネミーが居るのは初めて見たかも」

「なあワサト、どっちが多く倒せるか勝負しようぜ!」

「遊びじゃないんだぞ、少しは緊張感を持て!」

「何でもいい、私はただ皆さんを守る、それだけです」

「ふんふむふふふん」

「ちょっと気合入れて行った方が良いかもしれませんね」

 

 トーニャ、ワサト、カナト、ナーシャ、ニャンボ、ライレア、瑠璃恋詩、アリシア……そして団長。

 それぞれがそれぞれの得物を構え、団長は悠然とした歩みで私たちの前へと立つ。彼は何やら通信に応答した後、私たち全員の表情を見渡してから満足そうに頷いた。

 

「他の部隊も、指定地点に揃ったようだね」

 

 ひとつ口の端を持ち上げ団長は北方を指差した。その先に見えているのはエスカタワー。エーテルによる通信のターミナルであり、この街で……この近辺で最も高い建物だ。縁はあの最上階に居ると推測されているらしい。

 そのエスカタワーを示したまま、団長は大きく息を吸い込んだ。そして響く明朗な号令。

 

「本作戦の目的は、拉致されたアークス3名の奪還! 並びに事件の首謀者である透藤縁の無力化である! 久方ぶりの大規模作戦、盛り上がって行こうじゃないか!」

 

 武器を構えた指先に力が入る。メンバーの表情から緊張は失せていた。

 気勢は充実、モチベーションは上々。

 私たちは眼前の騒がしい闇夜に、切っ先を、あるいは銃口を突きつけた。

 

「……――さあ、レッツ蹂躙だ!!」

 

 

 

 

 

 

「まさか地上でダークファルスを相手取ることになりますとはなぁ」

 

 そう言いながらも、マーミンの声はどこかおどけた調子である。

 街の西にある、また別のビルの屋上。

 ハイドが率いるabe-c、マーミン、ロビットを中心とした部隊は、有翼系ダーカーの大群、そしてそれらを束ねる「ダークファルス・ルーサー」と対峙していた。時計を象った腹部、頭頂部の王冠やマントのステンドグラスなど豪著な装飾に身を包んだ巨悪の姿は、どこか神々しささえも感じさせられる。

 

「雑魚は他のメンバーに任せて、ワイら4人はひとまずロゼちゃん助けようか」

「おまみはやり過ぎちゃダメだぞー!」

 

 何かしょんぼりしたような、どことなく不満げな表情を浮かべるマーミン。

 

「とは言っても、アレを相手にどこまで余裕があるか、だが……」

 

 ハイドがルーサーを……いや、ダークファルスへと変貌させられたロゼを見上げる。

 巨体が烈風と共に嘶きを上げた。空が落ちてきたような圧に、しかし4人は物怖じすることもなく、怯むこともなく、歩みを止めることもなく。ハイドは双機銃を、マーミンは長杖を、abe-cは飛翔剣を、ロビットは長銃を携えて距離を詰めていく。

 

「待っていろ、ロゼ。今お父さんが助け出してやるからな。……――ハイド・クラウゼン、推して参る!」

 

 

 

 

 

 

「量産型とワケが違うんだから、間違っても撃墜されるんじゃないヨ!」

「俺を誰だと思っているんだい、任せておけって!」

 

 街の南にあるビルの屋上で、通信に応答しながらホールは真紅のA.I.S.へと乗り込む。

 A.I.S.とはDFco.が誇る高機動ロボットスーツである。その搭載された各種兵装はたとえ相手がダーカーの大軍勢であろうが、1機で戦況をひっくり返す力さえ秘めており、当然ながら生身のアークスとは比較にならない耐久を誇る。

 

 しかしホールが乗り込んだこの真紅のA.I.S.には、遠距離兵装の一切が搭載されていない。アークスで言うクラス・ファイターを参考に、近接戦闘での破壊力と機動力だけを極限まで高めたカスタムチューンモデルである。

 開発段階でお蔵入りとなったこの機体は、別称の意味も込めて、こう呼ばれている。

 

A.I.S.-NT(ノーレンジトルーパー)、初お披露目と行きますかァ!!」

 

 ブースターが、機体と同じく赤い高密度のフォトンを吐き出した。

 目掛けるは、A.I.S.-NTよりさらに何倍もの巨体を誇るダークファルス・アプレンティス。A.I.S.用の大剣を強引に2本連結したダブルセイバーで、アプレンティスが差し向ける雑魚を軒並み斬って潰して邁進する。

 

「さあアンタも、普段ほとんど仕事しない分キッチリ働くアルヨ!」

「……――頑張る」

 

 ビルの屋上から伸びる白いフォトンの一射が、I・ダーカーの群れをまとめて薙いで撃ち落とす。間髪入れず連射。精密な狙いの前に、A.I.S.-NTの背後から迫る蟲型ダーカーたちは容赦なく貫き落されてゆく。

 それは黒い骨格のような強弓による狙撃だった。強弓を持った黒いキャストの少女が、バイザーの奥からどこか気だるげな様子で狙いを定めていた。

 

「……ところで……アルーシュは?」

「秘書ならほら、あそこに居るネ」

 

 クラリスが指差した方は、空中を舞うA.I.S.-NT。よくよく見れば機体の肩の上辺りに、なびく桃色の長髪。長杖を携えた女性の姿。くるりと舞ったその穂先から、流星のような光の粒が拡散して……――小型のダーカーを一網打尽に撃ち落とす。

 

「纏わりつく羽虫は任せて。さあ――このまま突っ込むわよ、営業君!」

 

 真紅の尾を引いて、A.I.S.-NTDFco.の社長秘書は、立ちはだかる巨体へ突撃してゆく。

 

 

 

 

 

 

「久々に呼んだと思ったら、また面倒臭ぇことに巻き込みやがって……」

「たまには良いじゃないか。こうして皆が集まるのも、ずいぶん久しぶりだし」

 

 街の東に滞空する、複数の揚陸艇。

 何本もの腕を広げるダークファルス・エルダーの眼前に、彼らは相対していた。巨躯の名に違わない威圧感と、眷属たる腕型の巨大ダーカー「ファルス・アーム」の軍勢を前にしても尚、一片も怯まず。

 目付きが鋭い青年。青と赤のカラーリングに身を包んだキャスト。際立って大きい巨体が目立つ、赤と黒のツートンカラーのキャスト。片や金髪を、片や黒い髪をポニーテールでまとめた、和装を思わせる風体の女性。

 彼らは「パラノイドサーカス」。かつてウィリディスが率いた傭兵部隊のメンバーである。

 

「それとも怖じ気づいたか、ナオキ?」

「冗談言うなよ、クロキン。何が相手だろうが、ブッた斬るだけだ!」

 

 目付きの悪い、コートを羽織った青年……――ナオキは凶暴な笑みを浮かべながら抜剣の刀身を煌めかせる。青と赤のカラーリングに身を包んだ、黄色いフォトンラインが特徴のキャスト……――クロキンは「変わらないなあ」などとつぶやきながら、大剣チェインソードを起動させる。

 

「クロキンとギガさんたちは左翼、ナオキたちは右翼、くぅさんと魅月さんたちは後方のファルス・アーム及びその他I・ダーカーの迎撃をお願いします。他のメンバーは事前に伝えた通り、上空と地上で分かれて各個I・ダーカーの掃討を」

 

 通信で聞こえたのはウィリディスの指示。彼は滞空している揚陸艇のうち最もエルダーに近いそれの上で、ただひとり惑星のような巨体を見据えながら佇んでいた。

 

「座長さんよ、肝心のエルダーの相手はどうするんだ?」

「俺がやります」

 

 エルダーの腕が振り上げられる。

 ウィリディスの指先が剣の柄に伸びる。

 唸るような轟音を響かせ、途轍もない質量の一撃が迫り――……。

 

 

 

 

 ……――かくして、最終決戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

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