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小説『Endless story』#9-4

#9-4【Foolish hero

 

 

 

 青白い光と共に、大きな白い妖精は姿を消す。

 盾が失せたと見るや、ヒューナルは尚も改めてエルダーペインを振りかぶる。

 右へ。左へ。右下へ。上へ。さらに下へ。横薙ぎ。袈裟斬り。斬り返し。ひとつ回った勢いで再び袈裟斬り。そして渾身の振り下ろし。ひとつひとつが必殺の一閃。

 しかし黒いコートの青年――ウィリディスは全てをいなして捌いて撥ねて斬り落とす。絶え間なく響く鈍重な激突音。その挙動は目で追いきれないほど軽快で迅速に。この細身のどこに、そんな力があるのかと疑いたくなるほど圧倒的に。

 眼前で繰り広げられる桁違いの遣り取りが、私を釘付けにした。

 ならばと大きく振りかぶるヒューナル。生じた一瞬の空隙。ウィリディスは得物を太刀から双機銃に持ち替える。見下ろす巨体。銃口を向ける青年。振り下ろされる一閃。迎え撃つ一射。ひときわ強い衝撃が辺りに伝播して、剣戟と銃撃は相殺された。

 しかし間髪入れずに追撃の銃弾。これぞ本命、とばかりの威力を込めたフォトン弾は、ヒューナルの巨体さえも吹き飛ばした。巨体は体勢を持ちこたえてアンゲルと並び立つ。

 そう、敵が私たちから離れた距離で直線上に並び立った、その瞬間。

 

「――複合テクニック・フォメルギオン」

 

 ひとつ聞こえた別の声、真昼より明るく照らし出される周囲、その中で空間を塗り潰す紅と黒。横合いから放たれた歪な豪炎が、ヒューナルとアンゲルとまとめて吞み込んだ。

 あまりの熱量に、少し離れた位置の私までもがむせ返る。

 燃え盛る残火の中へ視線を向けると、小柄な人影がこちらへ歩いてきていた。コバルトブルーの髪に黒いバイザーと、口許を覆い隠すマスクの、おそらくはキャストの少女。

 

「マーミンさんもうちょい加減して。焼けちゃう、中のルベルとロゼまで焼けちゃうから」

「あ、ごめむぅ」

 

 ウィリディスと「マーミン」との間で、どこか気の抜けた会話が交わされる。

 

「凄い……」

 

 思わず呟いていた。いつぞや初めてVRの訓練へと連れて行かれた時と、同じような感覚を思い出している。肌の奥から鳥肌が湧き上がり、身体に電撃を浴びせられたような衝撃。

 マーミンに続き残火の中から再び立ち上がるヒューナルとアンゲルは、しかし明らかなダメージを負っていた。離れた場所で操る縁もこちらを睨み付けながら、余裕のない表情を浮かべている。

 更に上空から聴こえた独特のエンジン音。

 何事かと思って見上げてみれば、更に複数台のキャンプシップが滞空している。

 

『にゃーっはっはっはっはっはァ!!』

 

 間髪入れず上空のキャンプシップから大きな音声が聞こえ、思わず肩がビクッと跳ねる。それは明らかにアルトの声で、どうやら拡声機能を使って響かせているらしい。

 

『ユカリにスパイと先兵の役割を持たせた計画性、無尽蔵にダーカーを生み出す具現武装。敵ながらあっぱれと言わざるを得にゃい。しかし透藤縁、お前はひとつ大きな誤算をしていたにゃん!』

 

 アルトはハイテンションかつ高らかに、意気揚々と語る。なんか普段とキャラ違くない?

 キャンプシップ下部のテレポーターハッチが開き、飛び降りてきたのは幾つもの青い光。そして私の仲間たちが、先輩たちが、次々に勢いよく着地した。

 スプラウト、アルーシュ、クラリス、AAA3rd、ハイド、abe-c、只野鳥類、フナ、ナーシャ、ライレア、白狐、カナト、ロビット、hiro、バァラル、レティシア、ホール。

 

『そう……――喧嘩を売るには、相手が悪すぎたにゃあ?』

 

 世界群歩行者達のメンバーが、縁を見据えて並び立つ。

 呆気に取られていた私もアリシアのことを思い出し、彼女のもとへ駆け寄る。どうやら呼吸も整っているようで、無言で私に向かってひとつ頷くと、アリシアは立ち上がった。

 団長が並び立つ私たちと縁の間に立ち、縁に向かって明朗な声で告げる。

 

「さて、透藤縁さん……遊びは終わりだ。拉致した3人を返してもらおうか」

 

 この趨勢(すうせい)であれば、縁がダークファルス化を用いようとしても、その前に本人を叩いて止めることが出来る。形勢は完全に逆転していた。

 そしてそれは縁自身が一番よく分かっているようで、彼女は険しい表情のまま拳を固く握りしめている。奥歯を噛み締め、細めた漆黒の瞳で団長を強く睨んでいた。

 しかしひとつ深いため息の後、急に全身から脱力する。

 

「そうだね、もう、遊びは終わりだよ」

 

 縁はだらりと両手をぶら下げ、うつむいたまま。

 その手に握られているイマジナリー・ボードだけが、より強い光を帯び始める。いや、それはまるで光というより、青い光と闇が入り混じった歪なエーテルの粒子。ちりちりと肌を刺すような違和感が辺りを包み始め、嫌な予感が全身を駆け巡る。

 味方もみんな一斉に身構え、何かしでかそうとする縁に備えて。

 

「ここからは出し惜しみ無しの全力で……!!」

 

 顔を上げ、言いかけて、縁がはたと動きを止めた。

 それから虚空のどこかを見上げる。まるで見えない誰かの言葉に耳を澄ませているようにも見えた。何を聞いたのか、何を言われたのか、彼女は眉をひそめる。ひとつため息をついてから縁は「仕方ないか」と小さく呟いた。

 ……――おそらくは「マザー」の声を聴いたのだろう。

 

「……残念だけど、これ以上ここであなたたちとやり合うワケには行かなくなりました。私たちとしても隔離領域の限界を超えて、街を壊すのは本意ではないから」

「逃がすと思うのかよ?」

 

 言いながら前に進み出るカナトを、ナーシャが何も言わずに右手で遮る。

 

「あなたたちも、そうでしょ?」

 

 冷めた表情で言い放つユカリの全身を、青白い立方体の光が包み込む。そしてその姿が消えた。何が起こったのかと一瞬戸惑う味方たちに、頭上から声が投げかけられる。縁が青い魔法陣のようなサークルの上に立ち、私たちを見下ろしていた。

 

「あなたたちは仲間を取り返したい。私はあなたたちを叩き潰したい。ならお互い逃げる理由はありません。あとは舞台が必要なだけ」

「舞台……」

「私は今日の午前0時きっかりに、この街全域へ向けて、生み出せる限りのI・ダーカーを放ちます」

 

 その宣告に緊張が走る。おそらく縁はハッタリや冗談で言っているワケじゃない。彼女から生まれた私だからこそ、よく分かる。その気になれば、彼女は言った通りに出来る。街すべてを埋め尽くすだけの、I・ダーカーの編隊を作り上げる。

 私はあくまで彼女の複製体でしかなかった。だから召喚能力も限定されていた。しかしオリジナルたる彼女自身のイマジナリー・ボードは、先ほどさんざん見せつけられた通り生半可なモノではない。

 

「だからアークスが持ちうる限り、最堅の隔離領域を展開してください」

「……宣戦布告のつもりかい?」

「これは宣戦布告です」

 

 問い掛ける団長と、見下ろしたまま言い切る縁。正体も居場所もバレた以上、コソコソ動き回る理由もないと判断したのだろう。彼女は正面きって私たちを倒すつもりだ。

 しかしなぜ彼女は私たちを探り、倒すことにそこまで執着するのか。アークスをダークファルスに変えて、戦力を増強しようとした目的は何なのか。

 

「私はあなたたちを倒します」

「……――マザーに認められて、マザー・クラスタの使徒になるため?」

 

 縁の忌々しげな視線がこちらへと向けられる。彼女からしてみれば、私は全てを知った裏切り者だ。厄介で鬱陶しいことこの上ないだろう。

 

「させないよ。私は守ってみせる。私を育てた私の居場所を、絶対に守ってみせるよ」

「本当に……あなたなんて、生み出さなければ良かった」

 

 

 言い捨て、踵を返す縁。何名かの味方たちがその後を追おうとするが既に遅い。またも先ほどの青白い立方体が彼女を、そして足元のヒューナルとアンゲルを包んで、その姿を消してしまった。今度こそ本当にどこにも姿は見えない。

 

 

 

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