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小説『Endless story』#2-3

 #2-3【さあ、狂ったように踊りましょう

 

 

 

『――カタナコンバット』

 

 ルベルの動きを見て、不意に脳裏を掠めたのは、一昨日の記憶だった。

 横合いから差し込む一条の剣閃、崩れ落ちるダーカーの群れ。

 それがブレイバーというクラスの動きなのかは分からないが、漠然と、あの時の彼……『家主』とやらに似ている……そう思ったのだ。

 

 だからなのか、私は少し逡巡した後になんとなく、抜剣・『アルバヴァストール』をルベルから受け取った。白いボディと、黄色いフォトンの刃が特徴的な剣だ。

 生まれて初めて武器を手に取った感触は、思っているよりもずっと重かった。

 果たして、これを振るえるのだろうか。不安を抱く私に、ルベルが言う。

 

「適性があるのなら、そう難しい話ではないわ。フォトンは『意思』と『感情』の影響を強く受ける。カタナを選んだならば、イメージしなさい。脚へ力を溜め、一気に爆発させ踏み込む感覚を。腕や手先で『振る』のではなく、全身で『振り抜く』感覚を」

「ルベル、いささか抽象的過ぎやしないか」

「わたしはウチの家主からそう教わったわ、ハイド」

 

 意思と感情、そしてイメージ。

 私に適性はあると言っていた。そしてこの世界に満ちている『フォトン』とは、意思や感情の影響を強く受けて、変容する物質らしい。

 

 ひとつ、深呼吸をして、目を瞑る。

 フォトンをこれから扱うならば、その存在を感じ取るべきであるように思えたからだ。

 それからさっきまで見ていたように、まずは腰を低く落とす。剣の柄に指先を添えて、意識する。つま先からつむじまで、隅々まで『なにか』が行き渡る感覚を。

 

 視界は冴えている。

 前方にキュクロナーダ、サイクロネーダ、ヴィドルーダなどダーカーの大群が見えた。浮遊大陸の大地を踏みしめてこちらへ向かって来る。

 息を吐いて、眼前の景色を漠然と見据えた。

 さあ、一気に脚へと力を乗せて、溜めて、渦巻かせて、爆発させて、飛び込み――。

 

 

 

 ――思い切りジャストミート。キュクロナーダの棍棒で見事カウンターを喰らう。

 

「ちょっ……!」

 

 

 

 ――たった1度だけ、自殺しようとしたことがある。

 マンションの屋上から見渡す世界には、灰色のビルが墓石みたいに立ち並んでいた。 

 ずっとずっと遠くまで、どこまでもそれは続いている。

 しかし、ふと凹凸の地平線が空と隣り合っていることに気付く。

 空はどこまでも蒼褪めていて、前から吹き付けた突風に目を瞑った――。

 

 なぜか少し前のことを唐突に思い出した。

 目も当てられない大失敗。

 トラックにでも正面からぶつかったみたいな衝撃と、ぐるぐる二転三転する視界。上には大地と下には天空。痛みを通り越して呆然とした。

 人間って本当にヤバい痛みはとてつもない違和感に変換されるんだな、などとぼんやり考える。

 きりもみ回転する私の身体は地面に叩き付けられる……前に、駆け寄ったルベルが抱き止めてくれた。

 

「アル姐っ!」

「分かってるわ! 『レスタ』!」

 

 すかさずアルーシュが唱えると、私は柔らかく淡い光に包まれる。どういう仕組みか、熱に似た激痛がすぐに引いていく。

 今まで骨折した経験すら無いからなんとも言えないけれど、少なくとも、

「……目立った外傷は無い……」

 ようだった。

 

「ユカリ、大丈夫!?」

 

 必死な形相のルベルが何かを私に言ったようだけれど、内容までは頭に入ってこない。

 それに、 

「ひとまず、喋るのは後……」

 だろうなと思った。

 

「……ちょっと、ユカリ?」

 

 ゆっくりと、

「邪魔、だから……」

 2人を押しのけて、もう一度、敵の集団と向き合う。漠然と目の前の景色を眺める。

 先ほど思い切りフッ飛ばされたので、

「……距離はある……」

 が、なおもこちらへと進軍を続けている。ただ、決して速いとは思えない。 

「……だとすれば」

 さっきはタイミングが悪かっただけだ。

 

 じゃあ。

「……もう一度」

 さっきみたいな感じで。

「行ってみようか……な」

 後ろから誰かが呼び止めたような気もするけれど、

「どうでもいい……」

 ので、放っておいた。今は、

「とにかくダーカーを……」

 倒すことが、

「……私の『役割』で」

 それを全うすべきだと、

「分かっているよ……」

 そう分かっている。私は『役割』を果たさなきゃ。

「……でないと、誰からも認めて貰えないから」。

 だから私は、 

「脚に……フォトンを収束」

 させて、

「まっすぐ」

 飛び込み――。

 

 

 

 キュクロナーダの背後へ回り込んで。

 

「――『グレンテッセン』」

 

 言われた通り、思い切り全身でアルバヴァストールを振り抜く。

 黒い巨体を両断した手応えが、確かにあった。

 

 

 

 キュクロナーダは崩れ落ちる。向こう側でルベルとアルーシュが驚いていた。やったぁ。でも、

「まだ……」

 終わってはいない。振り返って、私を囲む他のダーカーたちを見上げる。

 アルバヴァストールを握り直す。ふたたび歩みを進める。自分で思っているよりも自分の足取りがふらついたけれど、あまり気にしなかった。

 もっと、

「もっと」

 まだ、

「まだ」 

 たくさん倒さなきゃ。 

「たくさん……殺さなきゃ」 

 したら、きっと、

「もっと」

 褒めてくれるハズ。もっと、 

「認めて貰わなきゃ……」

 

 ……認めて貰うって『誰』にだっけ。 

 かすかに過ぎったその疑問も、呼び止める声もかまわず投げ捨て、私はふたたび敵の群れへと突っ込んでいった。

 

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