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目次 / 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / あとがき / 履歴 |
私は電車に乗る |
第三章 静止画面「ごめん。助けてもらって……ありがとう」「ううん、いいの。私だって斉藤さんに助けてもらってるし……」 「うん。でも、ありがとう」 「……うん」 そんなやり取りのあと、私達は今度は先頭車両に向かって歩き出した。 何両もの同じ様な車両がつながっている。一度は通った車両なのだが、今度は後ろから前へと、反対方向に歩いているのでまったく覚えのない車両に見えた。と言っても、どの車両も結局は同じ造りなので、何両歩いても同じところをぐるぐるしているように思えた。 ぐるぐると同じところを廻ってはいない、と確信を持てるのは時々落ちている、空き缶、お菓子の包み、縁のある白い帽子、おもちゃ、ちり紙、雑誌などのおかげだった。 なぜ、こんなものがここにあるのだろう。その疑問に、斉藤さんは少し考えて、 「……穴が開いてるからじゃない? 時々、その穴からこっちに来る、というのはどうでしょう?」 と仮説を立ててくれた。確かに筋は通るかもしれない。手元にある情報が正しいのだったら、ではあるけれども。 そして、それらの中で一番重要なのが新聞だった。内容が、ではない。 日付……これが重要だった。どれも今日の日付ではなく五週間前の物だった。それが、先頭のほうへと進む度に日付は進んでいく。 どの車両にも新聞がある訳ではない。大体、六、七両ごとに見つかった。その割合と日付の進み具合からして、一つの車両に付き半日づつ進んでいるようだね、と斉藤さんは言った。 「どういう事……?」 「ファンタジックに考えるのなら、」 斉藤さんが答えた。 「この電車は、時の中を進んでいるということさ」 「時の中……?」 斉藤さんが立ち止まる。天井の棚にスポーツ新聞があった。それを取って日付を確認する。日付は二週間と四日前。 「時間の中を進んでいると考えると、この電車が単線なのと加速減速なし、駅なしの説明ができるぜ」 でも、それは状況的に説明できるというだけで、本当にそうであるという証拠はどこにもない。 「あの、切り離された電車が……喰われたのは?」 「必要のなくなった時間を処分してるって事だろ」 必要のなくなった時間? 処分? 「本当にそうなのかは判らないけど……。多分、時間っていうのは静止画面の超高速連続でできてるんだよ」 ……? どういうこと? 「説明、いる?」 私は頷いた。斉藤さんの言っていることがいま一つ理解できなかった。斉藤さんがシートに座る。私も隣に座った。 「最近のTVゲーム、知ってる?」 突然、斉藤さんは場違いのようなことを聞いた。けれど、私は頷いた。私もゲームはする。 「3Dアクションゲームは、やったことある?」 私はまた頷いた。私は最近、アクションゲームがやりたくなって、アクションゲームソフトを三個持っていた。 「あれってさ、コントローラーを動かせばすぐにキャラが動くし、ゲームの敵や物や街の人々なんかも動いているよね。何の違和感もなく」 それは理解できる。私は頷いた。 「普通に動いているように見える。けれど、あれって静止画面がたくさん連なってああいうふうに見えているだけなんだ」 知らなかった。私は首を傾げた。 「一枚の静止画面を一フレームというように呼んでいるんだけど、ゲームでは一秒間に六〇フレームぐらいが流れているんだ」 私は驚いた。一秒間に静止画面が六〇枚。多分、TVアニメよりも多い。 「僕らの現実も、もしかしたら静止画面の連続でできているのかもしれない」 私は黙って斉藤さんの話を聞いている。 「まあ現実がそうなっているのだったら、一秒間の静止画面なんて一〇〇枚や二〇〇枚じゃすまないだろうけど。ほぼ無限大、あると思う」 私は頷いた。 「じゃあ、使い終わった静止画面は……どうする?」 「……消すしかないんじゃないかしら」 私の答えに斉藤さんは少し笑った。 「その通り、だと思う。アニメみたいに再利用なんてできないだろうしね。この車両一つ一つに時間のフレームがつまっているとすると、さっきの見ての通りさ」 喰われて、処分される。消されてしまう。 「時間が、消される……」 それは何だか恐ろしいことのように思えた。どんどんと時間が消えていく。元の世界にいるときに聞いたら、多分ふんふんと聞いてすっぱりと記憶から消えるに違いない、そんな斉藤さんの話を聞いて、私は自分の体が喰われていくような気分になった。 「今の話は僕が想像した仮説だからね。本当にそうなのかは判らないから、そのつもりでいてくれ」 「……うん」 そうよ。これが誰かのいたずらでないという証拠はどこにもない。誰かが私達を見て笑っているという可能性は、あるのよ。いえ、可能性ならば……。 「……仮説としてならば、あなたが仕掛人である、という事もありな訳ね」 斉藤さんは不思議そうに私を見たあと、疑問の声すらも上げずに、 「――そうだな、仮説としてはそれもありだな」 「……そうなの?」 私は聞いた。そうであって欲しかった。そうであるならば、余計な不安や恐怖を味わうことなく、ただのアミューズメントとして楽しめるのだから。 けれど、 「いや、違うよ」 「そう……」 私は深くシートに持たれた。ぼんやりと、斉藤さんとの会話を整理する。 「私達、帰れるのかしら……」 つぶやく。隣の斉藤さんは少し考えて、 「――とりあえずさ、もっかい白いカラスさんに会って詳しい事情を聞いて、何とかすれば帰れるんじゃないかな?」 「それで、帰れるの?」 「……多分、一応ね」 そうつぶやいたあと、斉藤さんはう〜んと唸って頭を掻いた。 斉藤さんが何か言いたい事があるのが私には判った。何かある。 「何か心配な事、あるの?」 「――この電車が時間の中を走っているのなら――」 私は斉藤さんの言葉に耳を傾けた。 「脱出した時、入ったのとは違う時間に出てしまうかもしれない」 「えっ?」 「もしかしたら、僕らがいた時間から二週間前に出るかもしれないし、一ヵ月後に出てしまうかもしれない。最悪、半年とか一年後とかの可能性もある」 私は言葉に詰まった。 「この電車は走り続けている。という事は、時間は進んでいるって事さ」 私は黙って、うつむいた。 ( ∵ ) 一両につき半日進んでいるとすると、私達の現在、つまり私達この世界に入った日まで、あと三六車両。 私達はそんなに歩いていたのだろうか? けれど、多分私がお茶で起きてからすでに三時間は経っていると思う。時計が壊れている(壊されている?)から、正確にはわからないけれども。 斉藤さんにそのことについて聞くと、多分、私達が初めにいた車両は現在じゃなかったんじゃない? という答えが返ってきた。 なぜそう思うのかと聞くと、歩きだしてからすぐの車両で三週間前の雑誌を見つけたから、と斉藤さんは答えた。 ただ、雑誌の発売日による日付の確認は新聞ほど、信憑性はない。発売日にそこに出現したのかどうかわからないからだ。しかし、それを言ってしまうと新聞にも信憑性があるとは言い難い。 大体、こんなところにそんなものがあること自体おかしいのだ。 誰が置いたのかも、なぜ置かれているのかもわからない。なんでなんでなんで? こんな状況に陥っていると、普通なら気にも止めないことで延々と考え込んでしまう。もし私が独りぼっちだったらとっくに発狂しているだろう。 そうなっていないのは全部、斉藤さんのおかげだった。斉藤さんがいたから、いるから何とか正気を保っているのだ。もしかしたら、斉藤さんが正気を保っているのは私がいるからかもしれない。 「なあ高山さん。音楽聞くかい?」 「えっ?」 ぼんやりと考え事をしていた私は、突然の脈絡のない斉藤さんの言葉にすぐには答えられなかった。 「音楽だよ。MD。聞いていれば多少は気が楽になるよ」 斉藤さんは彼の胸ポケットから電池ソケットの付いた銀色のMDウォークマンを取り出した。 「こんな時に一番危ないのが精神疲労による冷静さの欠如だからね。音楽でも聞いていれば、多少なりとも気が楽になるよ」 「……ありがとう」 私はウォークマンを受け取り、イヤホンを耳に入れて再生ボタンを押した。流れてきたのは明るいピアノと笛、バイオリンも入ってる? という様なメロディーだった。耳障りがよくて、気分が安らいだ。いいメロディー……。 「――この曲は、何の曲?」 「サントラだよ。ゲームの」 ゲームの。驚きだった。いつもは聞き流しているゲームの曲がこんなにもいい曲だったなんて。精神的に不安定だった私に、この曲はとても、ありがたかった。 ( ∵ ) 私達は歩いて、とうとう私達の現在の車両の前まで来た。 「――次の車両が現在の車両なんだけどな……」 斉藤さんがドアの窓から次の車両を見る。けれど、そこは今まで通ってきたのと同じ車両に見えた。 「入りましょ。何かあるかも」 私は斉藤さんを促し、現在の車両に入った。 ……少しずつ進む。特におかしな点はない。けれども妙な不安と、何かが起こるかもしれないという期待感があって、私達はゆっくりと進んだ。 「あっ!」 突然の叫びに、私は心臓が跳び跳ねたかのような衝撃と共に飛び上がってしまった。ただでさえ何かあるかもしれないと緊張の糸を張り巡らせているのに! 「――なに? どうしたの?」 「メモ、メモだ!」 斉藤さんは走って、シートに置かれていた赤表紙のメモ帳を拾った。私も斉藤さんの横から斉藤さんの手にあるメモを覗き込んだ。 「……これが、最後尾の車掌室にあったメモなの?」 「そうそう」 斉藤さんは頷いて、メモをめくった。 「間違いない。あのメモだ」 斉藤さんが二、三ページ見たあとに、私に見せてくれた。 一ページ目には綺麗な字で、 『時は流れるもの。いつまでも、流れを止めてはならぬもの。私はそれを護り続けよう。私が死んでもここを護り続けよう』 二ページ目は殴り書きのような字で、 『穴を掘ろう。どこまでも深い穴を掘ろう。どこまでも深くどこまでも続く……』 三ページ目は白紙。 四ページ目は子供が書いた様な大きくひしゃげた文字で、 『時の漏れ出す点を見つけた、あいつが護ってた壁に針で穴を開けた。ひゃはは、ばかばーか』 五ページ目は女の人が書いた様な綺麗な字で、 『男と女の二人組み。男が女を引っぱって、けれど女は叫んで逃げちゃった。男は独りで歩いてた。女は独りで泣いていた』 ……訳がわからない。このメモはたった一人で書かれた訳でないのはわかる。どのページも内容はつながっていない様に思える。なぜ、こんな事が書かれているのか。 一ページ目の内容は、斉藤さんの仮説の元になったものだろう。時の流れ……。 二ページ目と四ページ目はよく解らないが、五ページ目……これが私達のことだとすると、私達がこの電車の中に来てから書かれたという事だけど……。 書いたのは白いカラスさんか、幽霊さんか。もしかしたら、まだ他にもいるかもしれない。全てがわかっている訳ではない以上、他にも誰……何かいるかもしれない。 私は次のページを開いた。けれども何も書かれていない。 さらにめくる。何も書かれていない。 もっとめくる。何も書かれていない。 しつこくめくる。何か書かれている。 「――未来を造ってはならない。未来に干渉してはいけない。誰か助けて。私ではどうすることもできない。誰か助けて。未来をあるべき姿に戻して。誰か助けて」 私は読み終えて、斉藤さんを見た。斉藤さんは不思議そうな思案顔で、 「ふむ。単純に考えるとだね、僕らは未来をあるべき姿に戻すために、ここに引き込まれたと」 「……なぜ、私達なの?」 私はずっと思い続けていた疑問を口にした。なぜ、私達なのか。なぜ、私達だけなのか。 理由が知りたかった。私達がここにいる理由を。 「さてね……僕らでは理解できない理由があるのかも。出来れば、かっこいい理由がいいんだけどなぁ〜。“あなた方は強い意思を持っていたので”……ちょっと月並だなぁ。もうちょっと意外でいい理由は……」 斉藤さんが現状から脱線して考え始めている、と私は気付いた。 「勝手に理由、考えていいの?」 言ってから、私の質問も的を外していることに気付いた。問題はそこではない。しかし斉藤さんは、 「い〜のい〜の。理由がわからないんだったら自分で作る、べきなんだよ。無目的での行動範囲なんてたかが知れてるし、なら自分で目的を作って行動範囲を広げた方がいい。あ、でも達成不可能な目的はやめたほうがいいかも〜。逆に自分の首を絞めることってあるし〜」 へらへらと斉藤さんが答える。……少し精神的に参ってる様だ。無理もない。 斉藤さんは帽子を被り直し、シートに座った。 「あ〜、俺、なに考えてるのかな。ちょっと混乱してきたみたいだ。解らないことが多すぎる。小説書きにとっては辛い……」 「……何で?」 私は単に興味を引かれたので聞いた。なぜ、解らないことが多いと小説書きは辛くなるのか? 「――あれだよ、あれ。なんて言うのかな、」 斉藤さんは答えようとして頭を悩ませていた。 「解らないことがあるとだね、大体小説書きは“理解不能”とかって逃げないんだ。“理解不能”って言ったらさ、僕の高校時代の友達のほとんどが僕に対して“理解不能”って言ってたな〜。はは、そんな簡単に理解する努力を放棄しないでくれよ、ちょっとは考えてくれよ……」 ぶつぶつと斉藤さんは愚痴を言う。しかし、これは斉藤さんの精神を保つために必要な事なのだ。音楽を聞きつつ、斉藤さんの愚痴を聞く。 「え〜と、何だっけ? ああそう、あれだ。解らないことが一つあると、大体三つから五つくらいのことを想像してしまうんだ、僕って。答えが複数作られる。途中、作った回答は何個か忘れちゃうけど、大体覚えてる。そこに何個もの疑問が浮かぶと、何十個もの回答が浮かんでしまう。そして、最後には一杯になっていきなり思考がクラッシュする……」 斉藤さんはぶつぶつと言った。話し始めたときは声はそれなりに大きかったのに、終わりに来ると聞き取りにくいくらいに小さくなっていた。 斉藤さんは、疲れている。それがよく解る。 「普段なら、クラッシュすることなんてない……けど……こんだけで……一杯になるなんて……意外と人間って……すぐに一杯になるんだなぁ……」 そして斉藤さんはいきなり笑い始めた。 「フフ、フヒヒヒヒ、ヒヒヒ、アハハハハ、キヒヒヒヒヒヒ……」 不気味だった。不気味に斉藤さんは笑っている。普通なら、ささっと離れるところだが……私には斉藤さんが笑いたい事がよく解る。 笑わないとやってられないのだ。これが極限状態……。案外、人間の限界なんてたかが知れていたのだ。何の訓練もしていない私達がそんなに長くこの状態に耐え続けられるはずがないのだ。 私も笑いたかった。けれど、笑うための気力が湧かない。私も、疲れてる……。 「――ったくよぉ! ふざけろ!」 いきなり斉藤さんが叫んだ。私がびっくりして後ろに下がろうとして滑って、そのまま後ろのシートに座ったとき、斉藤さんは自分の膝に思いっきり拳を振り降ろしていた。そして、 「いってー!」 殴った膝を抱えて床を転がる。 「だ、大丈夫!?」 私は慌てて、……何をすればいいのか判らなかった。えっとえっと……。 「あ〜大丈夫、ごめんごめん」 私の考えがまとまる前に斉藤さんはふらっと立ち上がった。 「いや〜こんなときなら殴って痛みで正気を保ってかっこよく……とか思ってましたが、予想以上に痛かった……」 斉藤さんが膝をさすりつつ、弁解(?)する。 「つまりですね、ストレスっていうものは煮つまった状態が続くから起こるものでありまして、なんも考えずに明るく元気に動き回ってたら大丈夫なんですよ。もーなりふり構わず!」 と、斉藤さんがぶんぶんと腕を振り回す。通路の真ん中に立ってぐるぐると回転して、遊んでいる。 「あ〜一度やりたかったんだよな、こういう電車の中でぐるぐる回んの。ふつーの時なら絶対出来ないもんね、人目もあるし迷惑だし。けれど今は人のいない“異常事態”であるから、誰にもメーワクかけないし〜♪」 ……元気だ。さっきまでの鬱(うつ)な雰囲気はどうしたのか。 斉藤さんは楽しんでいた。ぐるぐる回って、遊んでいる。 「せっかくの“異常事態”だしね。これを使わぬ手はありませぬ!」 土足でシートの上を歩いてる。吊り輪にぶら下がってる。謎の拳やら蹴りやらを繰り出している。窓を開け閉めしている。連結部の踏み板を持ち上げようとしている。確かに、こんな時でなければ実行できない行動ではある。 ……私はそれを呆気にとられて見ていた。そこで思い至った。斉藤さんは元気になったんじゃない。……現実逃避しているのだ。 人間は追い詰められると、現実に背を向けて想像や妄想の世界に逃げてしまう。そうすることで自身の精神を護ろうとするのだ。これは人間の本能的な防御反応であり、陥った(おちいった)としても仕方のない事なのだ、というのをどこかで読んだ覚えがある。 「ふぅ〜。多少動いたことでいろいろと気分が良くなった……」 斉藤さんは私のところまで戻ってきて、帽子を被り直した。 「出来れば睡眠を取りたいところだけど、そうもいかんなぁ。寝込みを襲われたらそのまま永眠しかねんしな」 斉藤さんがシートに座る。 「あ〜あ、ヤバいな〜。疲れが溜まっていくばかりでちっとも休めない……。ま、あきらめないけど」 斉藤さんが背伸びして、軽く柔軟をする。そして、一息ついて、 「音楽、聞かせてくれないか?」 斉藤さんがウォークマンを指差す。 「――あ、うん」 私はウォークマンの停止ボタンを押した。その時、気が付いた。 この電車の中の静寂に。今まで音楽を聞き続けていて気が付かなかった、この不気味さに。 私はウォークマンを斉藤さんに渡した。さっと斉藤さんがリュックから別のMDを取り出して交換し、音楽を聞き始める。そして斉藤さんはぼんやりと音楽に聞き入っていた。 私は斉藤さんの隣に座って、周りを見回した。 静かな車両。自分たち以外の存在の感じられない列車。とぎれることのない窓の外の壁。加速も減速もすることなく走り続けているこの電車。日常ではまず感じることのなさそうな虚無感がここには満ちていた。 呑み込まれそうになる。自分を見失いそうになる。斉藤さんは音楽を聞く事なくここを歩き続けてきたのだ。精神的にまいるのは当り前だろう。 私はメモの続きを見てみた。しかし、最後のページまで白紙しかなかった。 突然、斉藤さんが体をびくっと震わせた。私は突然の動きに驚いてしまった。 「なに、どうした……の?」 「あ、ごめん」 斉藤さんは少し息が荒かった。 「僕ってさ、音楽聞いているとその音楽のイメージを想像して、興奮してしまうんだ。バトル系なら興奮するし、和み(なごみ)系なら和んじゃうし、悲しい曲なら悲しみに包まれる」 斉藤さんは少し必死になって説明した。 「音楽っていうのはさ、精神にとって大切なものなんだ。昔のギリシャの人は音楽は魂の浄化に必要なものだって考えてたし。とりあえずね、メロディーには感情を動かす力があるように僕は思うわけさ。今時のはやっているような歌にはなかなかこういうのはない。どうせ、今時の愛だの恋だの失恋だの別れただの言っているような歌は、大部分が本屋のBGMに使われるようなものばかりだし。ゲームのメロディーだって馬鹿にしちゃ駄目だよ。これだって立派な曲さ。創ってる人達にだって創ってる人達の意地がある。オーケストラでやっているのと何の違いがあるっていうんだ? ただゲームのために創られたからって馬鹿にしないでくれ」 「……はい……」 とりあえず、斉藤さんの言いたい事は大体理解して、私は頷いた。 「さてと、だいぶ気が楽になったし、先へ行こうか」 斉藤さんがウォークマンを止めて、耳からイヤホンを抜いた。 「音楽、聞いてる?」 「……ううん。もう、私も平気だから」 そして、私達は次の車両に入った。私達の現在、の後半。 「あ、あれは――」 斉藤さんがそれを指した。 |
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