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植物園 |
第二章 午後二時〜僕らは「半木(なからぎ)の森」に来た。ここが見所になるのは秋であるらしい。紅葉が美しいそうだ。 そして、ここは園内唯一の自然林であるらしい。植物園マップの裏に書かれていた。 なんかがっくりした。自然であるのはここだけなのか……という気分である。堂々と自慢のように書くなよ……。 僕らはなからぎの森の横にある池の睡蓮(すいれん)を見つつ、なからぎ神社に入った。 ここにはなんの神様がおられるかの説明はない。賽銭箱もない。でも、なんかよかった。鳥居をくぐったときに甘い匂いがした。おそらくは周りの木々がつけている小さな花の匂いだろう。 「いい匂いがする……」 「そうだね。いい匂いがするね」 僕らは少し、神社の前でたたずんでいた。と、ぽつりと水が僕の顔に当たった。 一瞬何か判らなかったかったが、空からの第二滴ですぐに判った。 「あっまずい。雨が降ってきたかな……」 僕の予想を肯定するように雷の音が聞こえた。ああ、降らないで欲しかったのに。 そう思う間に数えるのが面倒になるぐらいの水滴が頭に当たった。 「あそこで雨宿りしましょ」 僕らは池の傍の木の下に入った。池に雨が落ちていくのがよく見える。 「すぐ止むかな?」 「わからないわね。ど〜なることやら」 雨が止むまではしゃべるためだけの時間になるな。じゃあ、がんがんしゃべるか。 「それにしても神谷さん、ずいぶんと度胸があるね〜」 「そう?」 「うん。普通の人はぶつかっただけで一緒に園内廻りましょう、なんて言わないよ」 「私、普通の人じゃないから」 ……? まただ。また、変な言葉が出てきた。彼女は一体、とは思うが、慌てずに会話を続ける。 「ふ〜ん。自分で普通じゃないと言いますか」 「あなただって、ちょっと変わってるわよ」 神谷さんが僕を指差す。僕はくくく、と笑って、 「そうそう。僕は普通の人じゃないと思うけどね」 「ほ〜ら、あなたって変わってるわよ」 「――不思議なヤツだな」 彼女は少しきょとんとしていた。僕はまた笑う。 「なんだ? そう言われた事、ないのか?」 「――ない」 「よかったじゃん。新称号獲得!」 僕は親指を立てた。彼女は少ししたあと、おかしそうに笑いはじめた。 桜林を通る。ただし、桜なんてとっくの昔に散ってしまって、そこにあるのはただ葉を茂らせた桜の木だけだった。しかし、満開のときにはさぞ賑わうことだろう。 僕は彼女のほうを見た。彼女は僕の視線に気がつかず、遠くまで広がっている桜林のほうに見入っていた。 僕はこのとき、だんだんと彼女のことについて解り始めていた。彼女はずいぶんと、生き生きとしている植物たちに見入っている。命を感じさせる緑たちに……。 僕らは“洋風庭園”に来た。とはいえ、やはり時期の関係か花はない。別に花を見に来たんじゃなくて、緑を見に来たんだからそれでいいんだけど。 そのとなり! バラ園! そこはすごい! 赤、赤、赤、黄色、紫、白! 見事にいろいろな色のバラが咲いていた。 花を見に来たんじゃないと思っていたのに、花を目の前に出されるとそっちに目が行ってしまうのだから、とんでもないお調子者だな、僕は……。 「綺麗だね」 「うん」 彼女は嬉しそうにバラの花を触っていた。その笑顔は子供のように無邪気だった。 バラ園の中を歩く。立派な“庭園”だからか人は多かった。子供づれもいればおじいちゃんおばあちゃんの団体さんもいる。……僕らのような年齢の人は一人もいない。 それもそうかもしれない。今どきの若いヤツなんて滅多なことでは植物園なんかに見向きもしないだろう。ったく、携帯やバイト、電車の席の取り合いなんかしてないでこういうところに来てわびさびを感じんかいっ! と、いうのが僕の心の叫びだった訳だが、まあ無理だろうな。 雷の音が響いた。またぽつぽつと雨が降り落ちてくる。今日は折り畳み傘、持ってきてないんだけどなぁ〜。 さて、バラの花壇であるが……また一つ一つに名前がつけてある。しかも今回は世界各国からのようだ。 プリスタン(アメリカ)、マダム・ビオレ(日本)、ブルーリボン(アメリカ、白いバラなのが気になる)、レディーエックス(フランス)、トライアンフ(ドイツ)、ラブ(アメリカ)、モダンタイムス(オランダ)。 適当な名前だ、と感じるのは僕だけではないと思うんだけど、 「適当なネーミングだわね。どういう考えでつけたのかしら」 僕は噴き出した。もう笑う笑う。 「な、なによ!」 馬鹿にされたとでも感じたのか、彼女が怒る。 「いやいや、僕もおんなじ事考えてたからさ。絶妙な一致ですな」 「考えが、一致したの?」 彼女が聞く。僕は笑いながら頷いた。こういう、他人と考えが同じというのはなんだか嬉しい。 「うん、そう」 「……ああ、やっぱりね」 ……? なんだ? 「えっ? それって――」 「ねえ、これってどういう経緯でネーミングされたんだと思う?」 彼女が笑顔で尋ねる。僕は質問をやめることにした。 「さあね。昔の人は偉かったって事じゃない?」 「――ど〜ゆ〜こと?」 「現代人からは理解し難い考え方をしてたのかも知れないよ?」 「な〜る」 僕らはバラを見て廻る。個性的な名前のバラが多い。というか難解に理解不能(どういう表現だ)な名前がずらずらと―― 「あっ……」 突然、神谷さんが立ち止まる。彼女が見ていたのは、夢(日本)というバラ。それらの中ではとても解りやすいネーミングだ。好感が持てる。 しかし、そのバラの名前がすごく難解な名前のバラたちの中で、とても解りやすかったから止まった訳ではなかった。 折れていた。バラの茎が折れて、花は地面に落ちていた。 ……悲惨だ。 「あっ、夢、砕けてる〜!」 なんて僕らの後ろから見ていた(バ)カップルの女のほうがタイミングよく、実にタイミングよく面白そうにコメントして去っていった。 ……笑えない。 夢が、砕けてる……。 神谷さんは黙って、悲しそうな表情でそれを見ていた。その姿がいたたまれなくて、僕まで悲しくなる。 いや、駄目だ。そんなネガティブな雰囲気に呑まれては駄目だ。 「大丈夫だよ。植物は強いから。この程度じゃへこたれないよ。来年には綺麗な花を咲かすさ、きっと」 「……うん、そうよね……」 「夢だって、砕けた訳じゃないよ。ちょっと休んでるだけだよ」 なんとかその場の雰囲気を出来る限り和らげようと、僕はさらなる言葉を神谷さんに渡した。 「植物は、強く生きてるんだから」 僕の言葉に、神谷さんがゆっくりと振り向く。 「……そう、そうよね。強く、生きてるんだものね」 「ああ。じゃあ、次に行ってみようか」 「うん」 僕らはバラ園のとなりの噴水を少し見たあと、あじさい園を通り抜けて“植物生態園”に入った。 ……ただの森である。木々が力強く枝を伸ばし、葉を茂らせている。なんだか、山道を歩いてくるような気がしてきた。う〜ん、さすがです! 雨が降ってきた。ぱらぱらと森の木々の葉に当たって音を立て始め、かなり本格的な雨降りであることが判った。あ〜これは本気でヤバそうだ。 僕らは近くの下にベンチがある木の下に入った。雨宿りするための木には全く困らないところだ。これぞ植物園。 「木の下の雨宿りか……こんなの、ここでしか出来ないよね」 「そうね〜」 神谷さんは木の葉の間から見える空を見ている。僕も同じように木の葉の向こうに見える曇り空を見上げていた。 「晴れた日も気持ちいいけどさ、たまには雨の日もいいよね」 「そう? なんで?」 「雨の日があるから晴れた日の素晴しさを認識できるんだ。人間、慣れると飽きるしね」 彼女は空を見上げたまま、僕の話を聞いているようだった。 「雨の日があるから、植物も生きていける。花だって元気になるさ」 僕は視線を神谷さんの方に泳がせて――そこで僕は言葉を呑んだ。 彼女が、静かに泣いていた。 僕は彼女が泣いている理由を知らない。なぜ彼女が泣いているのか解らないけれども、彼女は泣いているのだ。少し悩んで、僕は一歩踏み込むことにした。 「生きるって事に……ものすごく反応するんだね」 彼女がうつむく。思い沈んでいるようだった。 「生きるってどういう事なんだろう?」 「……わからない」 彼女が顔を伏せたまま力なくつぶやく。 「私も、この木々や花のように、植物のように……」 小さくつぶやいている。僕はなんと答えるべきかを考えた。このつぶやきはただ事ではない。 「みょ〜に元気、なくなったね」 「あ、ああ、そう? ごめんなさい」 彼女が涙を拭いた。けれどもそのまま放っておくことも出来なかった。少しでも彼女の気を楽にしてあげたいと思った。 「何か、悩み事でも?」 彼女は黙った。こっちとしても黙っているしかない。 「あの……ね」 彼女がつぶやく。 「私、死んでるの」 「ふ〜ん。それで?」 決まった。カウンターが。彼女、驚き顔であります! そりゃそうかもしれないであります! だって、「死んでるの」な〜んて言われたら、驚くのは普通こっちだろうし。 「……」 「死んでる。それで?」 僕はもう一度言った。別に信じてない訳じゃない。 「驚かないの? 信じてないの?」 「ふっ、僕、幽霊いてもいいんじゃないかな派です」 自信満々に答えた。これはけっこう自信を持っている事柄だった。まあ、その事を他の人に話したら白い目で見られるのが悩みだけれど。 「怖くないの?」 「全然」 「……なんで〜?」 彼女は予想していた結果が見事に外れたせいか、頭に指を当てて悩むポーズを取る。その姿を見て僕は心の中で安堵した。どうやら、彼女の心の中の、悲しみのバランスを支えていた支柱をとっぱらう、と言うかへし折る事に成功した様だ。 「え〜と、別に怖がるようなことは何もされてないし。別に僕を殺す気じゃないんだろ?」 「そうだけど……」 よしよし、この調子で押し切ってしまおう。その思いから来る笑顔を神谷さんに向けて、明るい調子で話し続ける。 「どこを怖がれって言うんだよ〜?」 「確かに……」 なんか、人生について悩んでいるような雰囲気で彼女は悩んでいた。けれどもその姿に、さっきまで抱えていたような悲しさは薄れていた。よかったよかった。 「で、なんで幽霊部員に?」 「部活じゃないんだけど……」 「気にするな。大した違いはない」 はぁ〜と彼女はため息をついた。も〜いいですよ〜という感じだ。悲しむ流れを完全に外したな、と心の中でにやり。 そうして、神谷さんは話し出した。 「私、事故にあったの」 |
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