塊素の生きる現実(日記)

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月内目次
2014年09月04日
違う職についた自分を想像する
楽な仕事をしたい
2014年09月05日
社会の特性と個人の嗜好
自分のやりたいことは画一...
2014年09月07日
何をしに生まれてきましたか?
何をしに生まれてきましたか?
スピーカーケーブルが欲しい
2014年09月08日
スピーカーコードを買う
スピーカーコード
2014年09月21日
仕事には慣れてきたが……
仕事について
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最新の日記
2017年05月30日
次の仕事が決まった
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作業場をクビになった
能力不足の果てに
2017年05月06日
めっきりやる気の出ない日々
指が動かない日々
自我とは何か
2017年02月13日
風邪ひいたかも
2017年初の日記がこれ
たぶん風邪(インフルでは...
2016年12月09日
何かいい手はないものか
効率が上がらない

 九月 五日、金曜日の話

社会の特性と個人の嗜好

 何故にやりづらいかと考えてみた。

[◆]自分のやりたいことは画一的なことではない

 社会の中で仕事をしようと思ったら、ある程度の画一性が必要になる。みんながやっていることと同じことをしなくてはならない。独創性は必要ない。ただの一個人による勝手な行動は許されていない。

 例えば僕の仕事の場合、僕だけが他の人と違う形式で仕様書を書いてはいけない。サンプルとして用意されたプログラムとは全く違う形のプログラムを作ってはならない。例え同じ結果になるとしても。

 僕の場合は無職期間中に編み出したプログラムの作り方を持っており、基本的にそれにそって物事を考えているわけだが、それをそのまま仕事場に持ち込めば怒られてしまう。元来の形式が非効率であったとしてもだ。非常にめんどくさい。

 これを打開しようとするならば現場責任者になるかもう独自に会社を起こして僕の持つルールに沿って仕事ができるよう整備された環境を手に入れるしかない。細かいことのように思えて意外と大事なのである。これが社会の特性の一つだ。

 画一的な環境に馴染めなければドロップアウトするか、独創的な徳性が行かせる場所に行くしかないが……どちらに行くにしても何かしら、能力がいる。僕にはこれといった能力はない。社会的に持っておくと有利だと言われている資格すら持ってないし、持てる気がしない。オンラインゲーム辞めて勉強すれば手が届くかもしれないのに一向に勉強しないのはそういう事なのだろう。即物的で長い目で見ての行動ができやしない。それが理解できているのに、行動できない。

 僕は自分が馬鹿であることを理解できているのだろうか……。

 別の職種に就けば、僕が持っている経験は切り離されて画一的になれるかも知れない。しかし、もう年齢は三〇で、職種切り替えを考える年齢では無くなってきている。どうしたもんやら。