3.幻想

「それは昨日だったわけですね?」
 そう、ある兵士は尋ねたのだった。治安維持≠フ名を借りた殺人者狩り…。しかも、相手は13歳の女性、いや、それよりも幼い少女だ。
「先程の話は本当だった」
 役職に就いていると思しき初老の兵士は疑問を抱いていた。実の我が子を告発するのは不自然すぎるからだ。
「ええ、本当です」
「しかし、何故?」
「それは言えません…。ごめんなさい」

 ††††††††††††

「うっ…ぐすっ…、はぁ…はぁ…」
 気付けば、私は街の入り口にいた…。もう泣きそうで、疲れて、寂しい。まだ太陽は90°を折り返した所なのに、私はにかなりの時間経過に感じられた…。
「ママぁ…」
 心の中で叫ぶので精一杯だった。
「どうしたんだい? 迷子かい?」
 年老いた老婆が声を掛けた。
「待ってなさい。すぐに見つかるから…」
 そう言って、ゆっくりとどこかへ移動しようとする。
 私には、このまま移動すれば間違えなく、警護兵の元へ行く予感がした。だから、人の波を掻き分け、再びこの街の中へ戻って行った。

「婆さん、こっちだと?」
「そうだよ」
 暫くして、3人の兵とさっきの老婆が戻って来た。
 兵士達は周囲を確認するなり叫ぶ。
「それらしい奴はいないじゃないか!」
「婆あ、うそじゃねーか!」
「俺達はまんまと騙されたぜ!」
 圧倒されたかのように、老婆はこう言うのが限界だった。
「本当なんだよ」
 しかし、その言葉は耳に届かない。
「お前もグルだったんだな」
「俺達を呼んでいる間に、ガキを逃した」
「この魔女め!」
 周囲の目を気にせずに、兵士達は口々に叫ぶ。
 そして、拳が腹部に…。鎧の腕の部分と脇の部分がぶつかる鈍い金属音、手甲が肋骨を捉える音、老婆の断末魔…。
 見るも無残な光景だった…。後に残るのは、獄上(酷い様相の極み、の意)の静寂。

 兵士達が去った後に、人が群がる…。
「大丈夫か?」
「どうしたんだ?」
「安静にして」
「酷い…」
「誰か、病院に…」

 息も絶え絶えに老婆は…。
「…魔女狩り…なんだよ…。あの娘を助けておやり…」
 そう言って、気を失った…。

 魔女狩り=c。
 古い言葉だ…。
 その昔、国王を誑(たぶら)かしたとして、女王はその女中を捕らえた…。女中は無罪潔白を主張したが、判断は覆らなかった。
 大きな広場で、民衆の目の前で、断頭台で…。
 その後も、女王の気に触れた者達は命を弄ばれた。ブラディング、ウィール、バーニング、ダッキング・ザ・ウィッチなどによって瀕死になる者…。ハンギング、インペイルメント、オーブン・アット・ナイスで死ぬ者…。
 人を殺す事は快楽になる。苦痛に歪む表情は、女王への極上の献上品。これは拷問じゃない。快楽殺人だ…。人間らしい理性など、もはや持ち合わせてはいない。魔女狩り≠行う事が魔女の証…。人々は恐怖と快楽の中へ堕ちて行った。
 そして、最後には…。女王は、最愛であったはずの国王をも糧としたのだった…。

 単なるお伽話に過ぎなかった物語が目の前に迫っている。魔女狩り≠フ言葉を聞いた周囲の人々の中に波紋が広がっていったのだった。

 私は未だに影の見えない兵士に追われていた。
「ダメ…。このままじゃ…」
 それだけが頭をよぎる。
 ただ、ミネルヴァが頭を離れない…。
「ミネルヴァに行かないと…」
 導かれるかのように、私は先程と違う、街の出口から外へ出た。

 しかし、その姿は仮面の下の瞳には、はっきりと映っていた。
「やっぱり、こうでなくっちゃ」
 露出度のある服。髪は長く、身長は160cm以上に見える。逆さに着けた十字架は冷たく輝く。
「へへっ。姉ちゃん、ありがとよ」

 私はもう歩けなかった。朝から何も食べていない。そればかりか、一滴の水でさえ飲んでいない。
「食事だけは済ませるべきだったかなぁ〜」
 そう思うので精一杯だった。だが、休憩している暇も無かった。どうやら、騎兵が遠くで見える。いよいよ、影が現実の者と化したのだった。だから、私は出せる力を使って慌てて森の中へ駆け込んだ。そして、丁度良い茂みに身を隠したのだった。

「まだ、遠くへは行ってないはずだ。探せ!」

 …気付くと、私は夢の中にいた…。
「レイ…」
 私は誰かに呼ばれる声を聞いた。
「誰? 貴方は一体…」
「早く気付いて…」
「ねぇ…。貴方は…?」

「これが犯人なのか?」
「さぁー、知らねーよ!」
「まぁ、いいんじゃねーか?」
「にしても、話通り小さいよな」
「おい、誰かペドフィリアの奴、いないか?」
「あんまり、大きい声を出すんじゃねーよ」

 …私はふと、目覚めた…。私が眠っていた代償は大きかった…。兵士が4人…。周囲を囲まれている。
「お嬢様のお目覚めとは」
「これはこれは」
「まぁ、楽しみが減っちまったが」
「楽しんで、その上、俺等に金が転がり込んでくるってもんだ」
 この人達は目が血走っている…。逃げなきゃ…。でっ、でも…足が動かない…。
 《カサカサカサッ》
 しかし、そんな緊張の中に1羽のうさぎが飛び出してきた。
「何だ、ウサギかよ」
「お前には興味がねえんだよ」
「今度、遊んでやるから」
「喰うのは次の機会だからよ」
 だが、うさぎは留まっている。
「おい。何か変じゃねーか?」
「いっ、いや何かの間違いだ」
「そうだろ?」
 兵士達が話している合間にも、みるみる内にうさぎは人間の身長にまで伸びていった。
「そのお嬢さんにお話がありまして」
 その言葉に周囲にいた私達の誰もが固まった。
「うっ、嘘だろ?」
「ウサギが喋るわけが無い」
「幻覚なんじゃねーのか?」
「魔女の森は本当だったんだ!」
 そう言うと、彼等は逃げようと試みた。しかし、それはもう遅い事だった。森の木々からは蔦が伸び、地面から飛び出した根は行く手を遮る高い壁となった。伸びた蔦が兵士達の首に巻きつき、そのまま締め上げてゆく…。

 私はその後の光景を知らない。何故なら、気を失っていたのだから…。