1.サーカス団

 華やかな集団が私の住む街に来たらしい。あまり大きな街ではないのだが、来ると聞いたのだ。その明るい話がある一方で、人を殺めた私がいる。ストレスの捌け口の様に私を見ていた彼は死んで当然の人間だった。いや、むしろ人間でさえない。それ以下だ。
 凶器は簡単に手に入る。
 それと、ついでに言っておくが特に逃げている訳ではない。

 何気なく歩いていると、巨大なテントが目の前に入ってきた。勿論、この街には存在しなかったもの…。サーカスのテント…。
 私はいつの間にか賑やかな所へ来ていた。親子連れやカップルの笑顔、グループの騒ぎ声に露店の声。色とりどりの衣装を身に纏った人々が通り過ぎる。小さな子どもの手には小さな風船の紐が握り締められており、笑い声が絶えない。その陰で、迷子らしき子どもの泣き声が聞こえる。ある時は露店の店員が、そして、ある時はピエロが子の親を探している。
 そして、友人とも擦れ違った。
「あらっ、レイじゃないの? 貴方もサーカスに? あたくしもそうなのよ。」
 ケリーが話し掛けている。
「え〜…、まぁ〜…そんなところよ」
 この娘だけは巻き込んではいけない。だから、こう続けた。
「今はお手洗いを探しているの」
「本当に広いですものね。確か、あちらの方向にありましたわ。いえ、ハーバルの方が近かったかしら…」
 ケリーは考えているようだ。
「有難う。また、後でね」
 そう言って、私は後にした。言われる通り、ハーバルへ向かった。勿論、怪しまれない為だ。
 ハーバルは化粧小瓶の専門店だ。まだ、私には関係ないが…。そういえば、店長のハイムさんとは知り合いである。
 ハーバルの中を通って、人ごみを避けるように裏道を進んだ。
 暫くするとふと、誰かに呼ばれている気がした。
「時計の針は動きましたか?」
 しかし、後ろを振り返っても誰もいない。辺りを見回しても…。
 気味が悪くなったので、私は足早にその場所から立ち去った。

「サーカス、見たかったな…」
 私は少し歩いた時に、独り言を言っていた。滅多に無い娯楽を楽しむ余裕もなかったのだから。
 だから、裏側の人通りの少ない道から回った。ここには知り合いはいない。それは容易に想像できた。なぜなら、露店を含めての娯楽だから。つまり、露店がある道を通らないと楽しさが半減するのだ。
 私も小銭を持っている。しかし、友達を巻き込むつもりも無い。むしろ、そんなのは嫌だ。
 やっとのことで、裏から間近に巨大なテントを見る事ができた。しかし、目に映ったのは巨大なテントばかりではない。道具を保管するためのテントや居住できるテント、猛獣の檻や日を浴びている、ピエロの衣装などの光景だった。華やかな舞台の裏側に吃驚した。
 すると、ジャグリングを練習していたピエロと目が合った。女性とも男性とも区別がつかない人物だ。そのピエロは微笑みながら、こう言う。
「罪は糧になるから…。ほら、暗い顔をしてちゃダメだよ。折角のお客さん。まだまだ、見習いだけど笑ってくれるなら頑張るよ」
 多分、女性の声だろう。あまり確信は持てなかった。
 彼女は木の箱を3つ、手に持ってきた。右手に青い箱、左手に赤い箱、そしてその2つの箱に挟まれた黄色い箱。いわゆる、シュガーボックスである。
 真ん中の箱が色を変える。黄色から青、赤そして黄色…。
 そして、左手を離して右手に持った箱以外の2つを空中で並べ替える技、両手共に離して体を1回転させてキャッチする技…。
 ほんの目の前で、繰り広げられる技に自然と気持ちもほころんだ。
 ピエロは一通り、見せると満足げだった。恐らく、ミスもなかったのだろう。
「有難う御座いました」
 ピエロはそう言った。お礼を言わなければいけないのは私の方なのに。だから…。
「有難う御座います」
 もう、それだけで私も満足だ。そう言って、ここを離れようとした。
「ステージに立ったら、また見に来てね」
 彼女はまた、ナイフ(模造)を手に取りながらそう言っている。
「はいっ。必ず! だから、頑張って下さいね」
 慌てて、振り返った。お姉さんは笑顔だった。

 ゆっくりと夕暮れが迫っている。そんな中を私は歩いた。丁度、病院の方向へ…。