01. 冬の日の夕方 ―― [冬の日の夕方] |
投稿者/狩谷義朝 更新日/2010/06/04 18:23:13
「何見てるの?」
「ほらね、あのビルの上、鳥が居るでしょ」 「本当だ。こんな都会の中に」 「鳶か鷹か隼か…ほら、飛んだ」 「お、凄い急降下。車道まで落ちるんじゃ」 「何か捕まえた。凄いよね、あんな高いところから狙いをつけて捕るの」 「高架道路をガンガン車が飛ばしてるのに、よく物怖じないね」 「そこまで見てないでしょ。それに、向こうは空飛んでるんだもの」 「人が幾ら地面を舗装して建物を建てても、地べたに這いつくばってることに間違いはないもんな」 「あ、飛行機。凄く低い。やっぱり、何か自分に出来ない事をできる人が居ると、追いつきたいって思うじゃない」 「とすると、昔の人は鳥に追いつこうとして飛行機を飛ばしたんだな。今、人の前に居る目標ってなんなんだろう」 「なんなんだろうね。ね、一寸いいとこあるの。今から一緒に行こ」 「どこ?」 「秘密」 「相変わらず人が多いよね」 「どっから出てくるんだろ、ってくらい多いね」 「まぁ、だって遠方へ出かけるといえばこの駅からだから、ね」 「逆に来る人も居るじゃない。ほら、あそこに白人が何人も。訛りだって色々違うのが聞けるし」 「そうだね、俺もたまには遠くに行きたくなるし」 「遠くへ、速きへ…か。多分、それが人を突き動かす原動力だからなのかな、駅に活気があるのは」 「そうかもしれないね、先達のあるなしに拘らず、見た事のないものを見たいと思うのが人間の基本原理なのかもしれない」 「例えばそうだね、地平線とか、私見たいと思うな」 「一度南氷洋とか見に行きたい」 「多分今は無理だね」 「お互いにね」 「そうやって目新しさを探しながら眺めると、この街もとっても目新しいものだらけだよね」 「そうだよ。別に遠くへ行かなくったって、近くに知らない事は沢山あるのに」 「この間、いつも通る駅の通路から丁度死角になっている所に、美味しいラーメン屋があってさ」 「くくっ、食い意地張ってるねぇ。…今度私も連れていってよ」 「ははっ、人のこと言えてないな」 「……ほら、あのビル、レトロな感じだけど上にどーんと建て替わった」 「だなぁ。中のあのステンドグラスとか高い天井とか、大好きだったのに」 「私も憧れてたなー、なんか、私達が過ごしてるのと違う豪華絢爛な世界がこの世にはあるんだ、って想起させて」 「でもそこを歩いているのは足早な勤め人とか、俯き加減の学生とか」 「上を向いて歩けば、きっと色んなものが見えたはずなのに。ゆとりがないんだよ」 「時間とか勉強量とかじゃなくて、心持のゆとりだね」 「そう。何かに追われてるじゃない。私達も人のこと言えないけどね」 「そうだね、俺なんか宿題も済ませてないしね」 「あ、こら」 「こんな所で降りて。港にでも出るの?」 「残念、山歩き」 「えー。でもこの駅前、なんか新しい町みたいな感じだね」 「一度潰れたもの。そうなるよ。でもほら、信号渡った向こう側」 「あ、神社だ」 「古いものが大切に残ってるっていいよね」 「足跡を忘れ去るんじゃなくて、やっぱり時々は思い出さないといけないこともあるよね」 「そうだよ。それに、人が困難にぶち当たった時や、一人で抱えきれないことに向き合った時って、やっぱり一人じゃなにもできないじゃない」 「そういう時って、人とのつながりが大事になるよね。人と人の間に生きるから、人間」 「そうだね、お祭りしたり、親戚で集まってお坊さん呼んだり。それになんだか、絵馬とか見ると、世の中に沢山いる人の数だけ、悩みとか願いとかあって、それでも皆それぞれに頑張ってるんだなって、思う」 「初詣とか凄い数だもんね。あの数の、その何十倍もの人の数だけ、同じように勉強に追われたり働き詰めたり家事にきりきり舞いだったりする日常があるんだよね」 「人間って凄いよね」 「凄いよね」 「商店街、割と賑やかだね」 「大変そうだけどね。でもこういうところでしか手に入らないものもたまにあるものね」 「よく考えると、欲しいものが探せば見つかるっていうのは凄い事だよね」 「欲しいものなんて人の数だけあるものね。毎日、人の数以上に物が沢山動いてる」 「食卓に上る食材が、例えば千キロ以上も離れた土地や、果ては地球の裏側の大西洋から来たものだったり」 「一方で食卓に上るまでの過程で、無駄になっていく量も半端じゃないよ。大体、運ぶ手間も何でそんなにかけてまで」 「人間って無駄の多い生き物だね」 「だよね、時々救いがたいほどに好き勝手だもの。多くの動物が食物を求めて流離うことで一日を、一生を終えるのに、人は物の貴重さ大切さをあっさり忘れてるもの」 「自分だけばよければ他のことはどうでもいい…結局人間は動物と同じ次元で物事を見てるよね。動物と違う知性があるなんて、嘘っぱちじゃないのかな」 「人間も動物である事には変わりはないよ。でも、こうやって時々自省できるだけ、ましじゃないかな」 「そうかな」 「…どうだろ」 「寒いね」 「こんなに晴れてるものね」 「これでも、多分日本海側じゃ雪が降ったり雷が鳴ってたりする」 「こっちじゃ夏に鳴る雷が、ちょっと行くと冬に鳴るんだよね」 「人間ってちっぽけだ」 「そうだね」 「え、こんな一直線の階段昇るの」 「男でしょ、そんな登る前から疲れたような顔しない」 「うぇー。しかしよくこんな山肌まで家建てるわ…」 「根性だよねー、それに熊とか出そうじゃない」 「猿とかねー。人は自身の生活圏の為にどんどん山へ分け入り分け入りするもんね」 「川を真っ直ぐにしてコンクリで固めてみたりね、たまにしっぺ返しを食らう」 「自然のままある姿にはそれなりの必然性があるわけだし、それを越えることって、人間にはまだできないよ」 「でも、越えたいと志向するのよね」 「そうだね…はぁ、やっと上へついた。……わぁ」 「ね?凄いでしょ。振り返ったこの景色」 「凄いな、遠くはもう真っ暗になって水平線と空の違いがわからないほどなのに、澄んで見えるね」 「冬晴れだもの。ほら、もう直ぐ日が沈む」 「空が七色してるね。あ、少しずつ街の燈が増えていく」 「あそこ、電車が通るね。小さいねー」 「車も沢山流れていく。人一人なんて、こんな街のなかじゃ小さい小さいものだ」 「でも、この景色、全部人間が作ったんだよね」 「凄いね」 「凄いよ」 「あ、高炉から火が出てる」 「クレーンのライト、まだ動いてるね」 「造船所、潜水艦作ってるんだよね」 「水の中から空の上まで…あ、あの光ってるの、衛星じゃない?」 「そうだよきっと、動いてるもの。…あ、あっちは星だ」 「惑星ねきっと。金星じゃなくて…」 「火星かな、木星かな。何百万キロも向こうだけど、人はあそこまで探査機を飛ばした」 「いつか人も行くのかな」 「どうだろう。人の飽くなき遠くへの憧れが満たされない限り、行くんじゃないかな」 「あ、月が出てきた。なんだか大きく見えるね」 「この地球の四分の一もあるんだし、そう考えると小さいくらいじゃない」 「そう思うと物凄く遠いよねー…あそこが、人の届き得た最遠地点」 「他の星と見比べると、まだちょっとの距離だね」 「多分人は、身近な自然界に挑んで、時に人同士で争ったりもしたけど、きっとこれからも大自然や大宇宙に挑んでいくんだよね」 「産業革命の前頃から、人の限界なんて言い方がされるようになったけど、そんなものはもっと遠い所にあると思うな」 「まだ止まらないよね…いよいよ暗くなってきたね」 「星空を覆い隠すほどに街は明るいけど、足元は暗いね」 「そうだね」 「階段を踏み外さないようにしないと」 「くっくっ、帰ろっか」 「そだね、行こ」 |