十月 六日、火曜日の話
仕事がない……

 さて、最後のプログラムを作り終えたわけだが。

[◆]最終確認ができません

 最後のプログラムを作り終えたのだが、プログラムが完成したかどうかは上の人がチェックして合格しないとならないので、例えプログラムが作り終わっても完成したことにはならない。そして、本日はチェックしてくれる人が本日一日、会社にいない。会社に寄らずに仕事先に直行し、そのまま直帰する予定である。つまり、プログラムを作り終えてしまうと今日一日、僕は何もやることがなくなってしまうわけである。さて、なにをしよう。

 基本的に僕は社内には私物を持ち込んでいないが、道具入れロッカーにはミスプリントの紙束や昔のプログラムの仕様書が入っていたりするので、その辺りは処分しておかなくてはならないだろう。

 その他、なんかあったっけなぁ。

[◆]会社都合にできません

 本日の昼休みに昨日の質問の回答を得た。まあ、絶対渋るだろうと思っていたが、やはり渋ったね。「会社の都合により仕事を辞めました」ってするの。たしか、労働基準法にあったはずだ。少々の経営難では労働者を解雇する事は出来ない、と。会社が渋ったという事は、労働基準法が求めるものを出すことが出来ないということ。

 労働基準法が指し示すものを出すことが出来ないので、僕のほうに理由があることにしなくてはならない。そうすれば法律の網をすり抜けて労働者を解雇することが出来る。というより、労働者が仕事を辞めるって言う分には自由だからねぇ。依頼退職という奴である。上司に言わせれば「むしろ、会社の都合で辞めたってことにした場合、見方によっては再就職の際の君の心証が悪くなる場合がある」らしいが、上司も社長から吹き込まれただけっぽいし、実のところ上司本人も本当にそうだとは思っていまい。

 とりあえず。労働基準法に照らし合わせた場合、会社都合で辞めたことにするのは不可能らしい。会社から強制的に辞めさせれば違法解雇になってしまう。……僕が就職した時から既に合法違法の境界線は踏み越えられているのだが、追求すまい。

 仕方ない。一身上の都合によりってことで退職届を出すことにしますかね。

[◆]実は他の人は知りません

 話を聞くところによると、僕の退職話を知っているのは上層部の人間だけらしい。僕のプログラムを確認してくれている人や他の人には伝えてないそうだ。まあ、明言してないというだけで全員がうすうす気がついているようではある。そりゃそうだろうな。全員がいる前で喫茶店に連れ出されたりしてるもんな。

 退職の話を表立ってするわけにはいかないのだろう。全てがぎりぎりの状態で動いている会社である。下手にバランスを崩すような真似は避けたいというところか。

[◆]最終確認が出来ました

 午後、しばらくして僕のプログラムのチェックをしてくれる人が帰ってきたので早速チェック依頼を出しました。いつもならすぐにしてくれるのですが、ほかの仕事が割り込むこともあったりでなかなかチェックしてもらえず、しばらくしてチェックに合格したという報告を受けて僕の仕事は全て終了しました。ほかの仕事としてどこぞの本に掲載されていた新型インフルエンザの社則の例をワードに打ち込むという仕事をしましたが、それは三〇分ほどで終わり、残りの時間はひたすらミスプリントした紙束をシュレッダーにかけていました。ミスプリントとはいえ、お客さんの企業情報だからそのままゴミ箱に出せないのよねぇ。

 作業報告書の類はそのまま処分してもかまわないのかどうか微妙なので放置しておくこととして、パソコンの中のデータで残しておくとまずいものは全て削除しました。2ちゃんねる専用ブラウザとか日記雛形ファイルとか。メールソフトの中の送信済みファイルはもちろん、自宅のメールアドレスもアドレス帳から消去しておきました。この辺りはちゃんとやっとかないとなるまい。

[◆]最後の晩餐

 終業時刻が来てテーブルなどを拭いていたとき、上司から「ちょっと夕食を食べに行こう」といわれたのでした。

 夕食を食べに言ったのは僕と上司と、さらに社内におけるひとつ上の先輩です。実年齢は僕より年下ですが、先輩となります。

 酒の席だったので詳しい内容は覚えていませんが、主には社内において僕がどういう風に見られていたか、という話です。

 どうやら、かなり早期から変わり者として見られていたらしい。仕事の出来は基本的に悪く、何度注意しても同じミスをやらかす。そこがもどかしかったと言われました。確かに同じミスを繰り返すことが何度もあり、その為に叱られていましたが一向に直らず。「お前にはプライドがないのか。一度叱られたら二度と同じ失敗をしないというのがプライドじゃないのか」と上司に述べられましたが、プライドがないのか、と言われたらそもそもプライドって何ですかと言いたくなる。バネがない人間と言うのは我のことながらに扱いにくい人材だと思います。

 おそらくは次の仕事は見つかる。けれども長続きはしないだろう、と言うのが二人のご意見です。この意見は過去にも言われたことがありました。まったくもってして、僕は一般から考えれば変わり者らしいですが、だからと言って幅があるわけでもないらしい。意外とみんな、同じことしか感じないようで。残念です。

 ほかにはまるで掴みどころのないやつだ、と言われました。これもまったく同じことを過去に言われています。ただし、それは小学生の卒業式のときに担任の先生から親に話された言葉で、その頃は現在の形の精神構造はしていなかったはずですが、やっぱり幼いころから片鱗があったということなんだろうか。

 最後に。二人から「お前、怖い人間だったんだな。信じられない」と言われました。これは主に人間に対する命の取り扱い方の話です。「前に引きこもりの兄貴が妹をばらばらにした事件があっただろう。『夢がないね』と言われて。あの事件、どう思う?」と聞かれて「殺されても仕方ないと思います。逆鱗を触っちゃいけませんよ」と答えたら、「普通の人間は殺されても仕方ないなんておもわねーよ。何でそんなことを平然と言えるんだ?」と言われました。僕の主観ですが、思っていた以上に上司って汚れてないなーと思います。

 人は死んではいけない、と本気で思っている人間なんていったいどれほどいる事だろう。実におこがましい発想だと思う。自分たちはいるために散々別の生き物を殺し続けていると言うのに、なぜ自分たちは死んではならないのか? 生物の本能に自らは最高の存在であると思い込ませるようなものが組み込んであるのだろうか。まあ、そう思っているからこそ頑張りが利くのだろう。いずれは死ぬし、と本気で思っている人間はそうそう全力を出さないかもしれない。つまりは僕のことだ。

 ひとまず、退職届を早めに出してねと言われてお開きとなった。

 上司と別れてしばらくは若い者同士だけで話す時間があったが、まあ少しかわいそうだなーと思う。二年間働いて、ようやく新人が入ってきたと思ったら、その新人が自分より早く辞めてしまった。社内清掃もまた彼がやることになる。ただでさえめんどくさがりなのに、実に頭が痛いであろう。


 明日から何をしよう……。


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