三月二三日、月曜日の話
出来事は重なる

 今日は二つの出来事が。

[◆]父方の祖父が死んだ

 朝、起きたら「おじいちゃんが死んだ」と知らされた。驚いてしまった。土曜日に会いに行ったときには「あー、これはもう駄目だな」とは思ったが、こんなにも早いとは。

 祖父が死んだのは今日の午前四時半ごろ。意識不明のまま静かに息を引き取ったそうだ。

 今日は新しいスーツを着て出社することにしていたのだが……僕が新しいスーツを着ると何かイベントでも発生するようになっているのか? とりあえず、一旦会社に出社して事情を説明し、早退する事にします。

[◆]会社に泥棒が入った

 どう説明しようかな、と思いながら会社に向かって移動し、よし、こういうように説明しようとシュミレーションを完了したところで目に入ったのはうちの会社の出入り口のドアガラスが割れている、という光景だった。すりガラスなので普段はドア越しに車内が見えることはないのだが、今日に限って見える。なんだこれ?

 すでに会社に来ていた人によれば、どうやらうちの会社が入っているビル全体に事務所荒らしが入ったらしい。ビルへの侵入経路はまだわかっていないが、とりあえずうちの社内へはドアのガラスを破ってそこから入り込み、中から鍵を開けて複数人で社内の引っ掻き回し、金庫が見つかった段階で荒らすのを止めて金庫から札束だけを持って逃げた模様。ノートパソコンなどかさばるものは持っていかれていなかった。とりあえず現場検証の警察の人の質問に答えたりしていた。現場維持のために微妙に物に触れない。仕事に差し障る場合は仕事をしてもいいらしいが……。とりあえず、祖父のこともあるし木曜日までに渡されていた仕事は全て終わっているし、報告を上司の人にして早退した。

 なんかいろいろと出来事が重なるものだ。家に帰って、とりあえず午後二時から湯灌式(遺体をお風呂に入れる作業を横で見ているというものらしい)らしいので、それまでに2ちゃんねるニュース速報VIPでスレを立てたり。「出来事重なりすぎたろ」

[◆]祖父の死について

 最後に祖父に会ったのが二日前の土曜日だった。祖父は市内の病院から田舎にある病院へと移っており、祖父がいる新しい病院はどんなところだろうかと気になったので、祖父のお見舞いに行くという両親についていく事にした。

 祖父は痴呆が進み、真夜中に騒ぐこともあるというので市内の病院では入院し続けることを渋られていた。それゆえの転院だった。祖父とまともに会話したのは市内の病院で、そのとき、僕と父とだけでお見舞いに行き、父は飲み物を買いに病室を出ており、室内には祖父と僕だけだった。祖父は僕に尋ねてきた。「人はどういうときに死ぬのか」と。僕は即答した。「人は気まぐれで死ぬ」と。どれぐらい理解してくれたかはわからないけれども、祖父は笑って「気まぐれで死ぬのか」と答えていた。生きているものは気まぐれで死ぬ。どれだけ生き延びたくてもあっさり死ぬ奴もいれば、いつ死んでもいいやと思っている奴が長生きする。逆も然り。また、生きるとか死ぬとか考えることも理解することもなく生きている人もいれば死ぬ人もいる。気まぐれというのはその人たちそれぞれのものではない。いうなれば運命の気まぐれで人は生きたり死んだりする。単なる状況の左右に過ぎず、長く生き延びることはそれだけ運が良かったということになるだろう。

 祖父は八六歳だった。おそらくは十分にこの世を生き抜いたことだろうと思う。祖父は僕たちがお見舞いに行ったとき、何回も僕たちに手を合わせてありがとうと繰り返していた。祖父の手はまだ温かかった。

 湯灌式が終わり、祖父の体が綺麗にされて納棺され、そのときに手に触れることが出来た。祖父の手は冷たかった。感触だけは同じままに残っていた。

 納棺されて通夜式会場へと遺体は安置された。通夜までは少し時間があるとのことで一旦家に戻り、僕の会社に式場の住所と電話番号、喪主の名前を連絡した。電報を送ってくれるらしい。

 通夜式には親族と少数の参列者で行なわれた。祖父は実に顔の広い人間で縁ある人に知らせたりすると非常に大勢の人間が集まってしまうらしい。そのため、基本は家族葬にしたらしいのだが、そこそこ人が集まっていた。

 通夜式が終われば親族でおすしを食べて、ろうそくと線香の番をする人意外は帰ることになった。番をするのは祖父の長男のおじさんと三男の僕の父である。んで、お酒やおつまみや夜食を打ちの母と妹がかい出しに行っている間、僕は祖父の棺桶を前に佇んでいたのであるが、感じたのは「おじいちゃん、いなくなっちゃったんだなぁ」という思いばかりだった。というのは嘘であるが、また僕の親族が死んだときには同じようにして体洗って棺桶につめて焼香炊いて一晩線香たかれて、あとは適当に火葬場で燃やされて骨だけになって墓に入るのだろう、そして、いずれは僕もそうなるかもしれないと思うと、常日頃から老害なんか死ねばいいと思っている僕ですら、少しは物思いにふけってしまう。順々に死んでいく。それを見ながら、やがては自分がどのように死んでいくのかを考えるかというのは、人にとっては大切なことなのではないだろうか。

 考えるためには死んだ人を目の前にすることが必要だ。次から次へと死なれては考える時間がない。だから、順々に死んでいく。それがいいのではないか。いくら、今の現代、老人が増えすぎて若者が苦労しているとは言っても。逆に言えば、死んで行く人を見送ることが多い今の若い人たちは実に幸運なんじゃないかとも思う。どのように送るか、送られたいか。

 人は気まぐれで死ぬ。けれども、その気まぐれにいつでも向き合えるように人は少ないだろう。少しでも気まぐれに付き合えるようになるために、死に行く人を見送る機会が多いことは役に立つのではないだろうか。そう思う。

 僕は納棺されることはないかもしれない。僕が進みたいと思う先に、こんな平和な姿は存在しない。走り抜けられなければそこでおしまい。そんな世界だ。僕が送る事はあっても、僕が送られることはないかもしれない。

 僕がいつ死ぬかは僕でもわからない。一〇〇年後かもしれないし、明日かもしれない。でもまあ、生きている間はいろいろなことをいろいろな人に伝えたいと思う。

 なんともすれば、それが僕が生きる理由だからである。