八月二一日、木曜日の話
朝、やたらと寒かった

 いきなり涼しくなった。

[◆]調子がおかしい

 今日はやたらと調子がおかしかった。朝、ひどく涼しかったせいかもしれない。強烈な眠気と言いようのない気持ち悪さを抱え、ぜんぜん頭が回らない。単純な日本語が理解できず、単純なはずの仕事に四時間も掛かったときには流石に首になるかなと思ったのであるが、なんとか首にならずに済んだ様である。まあ、今回出された仕事は、上の人が持っていた前提が崩れてしまうぐらいに僕への教育に不備があったことが重なり、どうにも僕が迷走してしまったと言うのがあったようだ。

 詳しいことは省くけれども、要するに僕が知らない範囲において僕が理解するためにいろいろと調べまわったということが時間が掛かった原因になっており、その範囲について上の人は僕が既に理解していると考えていた。ちなみに、その上の人はまた別の人が僕に対して教育を施していると考えていたようだ。実際には施されていなかった。

 ここで、上の人から「見たことがないなら聞きに来い」と言われたのであるが、ふと思ったことがあるので述べておこう。

 「分からないことがあるなら分かる人に聞け」というのは方法としては一般的ではあるが、使用する優先順位は若い世代についてはかなり低い。「分からないことがあるならまず自分で調べろ」が方法として最初に来るからである。自分で調べてどうしても分からないことがあれば、そこでようやく人に聞くのである。なぜかと言うと例えば学生時代には大抵の事は自分で調べたほうが早かったからだ。欲しい情報に詳しい人が周りに少なく、欲しい情報を持っている人は大抵は忙しくなかなか質問できない。ゆえに若い人はまずは自分で調べる癖がつき、それが会社に持ち込まれ、上の人からは若い人が何を知っていて何を知らないのかが分かりにくくなり、いろいろと齟齬が起きていくと。

 こうなったのは教育……情報を持っているものが人だけでなくなったことが挙げられるだろう。情報が氾濫していて少し調べれば欲しい情報に当たる時代なのである。人に聞かなくても分かる、という環境になったのだ。

 ついては、ある程度仕事の内容を文章化しておくことを薦めるが、文章化するのはひどくつらい仕事である。しかも、社内の人数が少ないと別の仕事にも追われるため、はなはだ難しい。そもそも仕事で使うプログラムの仕様書でさえ書き渋りをするのである、仕事のやり方を書くなんて嫌だろうねぇ。