五月二四日、土曜日の話
社長からお叱りを受ける

 解雇宣告三ヶ月前か!

[◆]社長からお叱りを受ける

 本日は会社で第四土曜日恒例の勉強会です。が、今回は教材となる本がまだ提示されていなかったため、何をするのか分かりませんでした。

 いざ蓋を開けてみるとどうやら会社の運営状況のおさらいをすることにしたようです。先月の第四土曜日は半年に一回の会社全体会議だったのですが、その内容を今一度復習。現在、会社は赤字になっている(と、社長は言わなかったけれども)。よっぽど余裕はないようで、それぞれ一人一人に売り上げ目標が設定され、それが達成できなければ会社の存続が危うくなる、と社長は力説。なんか、一ヶ月ごとに逐一チェックするんだそうです。

 で、目標を一番達成できなさそうなのは僕です。僕の売り上げ目標は一年で三十万。一ヶ月に五万円ですね。これは僕の給料を差っぴいた純売り上げなので、実際には二百七十万円稼がなくてはならない。自分が作っているものの値段がさっぱり分からないんですが、ひとまず出来上がったプログラムの数で計ってるんだと思います。例によって、自分の作ったプログラム一つの単価が分かりませんが。千円ぐらい? だとすると、一ヶ月で二二五個、一日で約一二個のプログラムを作っていかなければならない。現在、三日でひとつとかすばらしい速度です。説明を聞いて、フローチャートを描いて、プログラムを組んでテストして……すべてが100%の品質でノンストップでできたとしても、一日に二つできればいいほうです。うまくいって三つか。プログラムひとつ四千円ぐらいかなぁ。それならまだいけそうだが、そんなにするのか? でもって、僕の場合はノンストップは無理だからやっぱ一日ひとつか。しっかし、全体で見ても一年間の目標純売り上げ(総売り上げから人件費とか交通費とか税金とか借金返済金とかを差っぴいた額)が七一〇万円って、よっぽどソフトウェア開発って儲からないんだな。

 それはともかく、「挨拶とかはちゃんとできているが、ちっとも進歩していない」という趣旨でお叱りを受けました。仕事において何回も同じミスを繰り返していると、監督者から不満があがっているそうです。そうはいっても、まともにプログラムのチェックが入り始めたのはここ二週間ぐらいって気がしますが。一年間、うこけばいいで独自に勉強させられて独自に何とか動くプログラムを作るところまでこぎ着けて、ようやく安定してきたと思った矢先に「そのやり方はだめ」と突き上げがきたわけです。それなら最初からチェックしておけば余計な労力を割かずに済んだものを。まあ、これはプログラムロジックの話です。

 データ印刷プログラムにおいて、出来上がった印刷物において、どのようなデータでチェックすればいいのかを明示してくれないのでとにかくチェックした結果、チェック項目が足りないとか印刷物が多すぎるとかいろいろ問題を発生させてしまうわけです。慣れるまではもう少しかかりそう。

 が、慣れるまで待ってはくれないらしい。一回失敗したら同じ失敗は二度としない、一発で通すことをきつく命じられました。どうやら、僕が作ったものを逐一チェックする手間を省きたいらしい。一年か二年しかプログラムしてない人間の作ったものをチェックなしで通す気かよ。会社の体制として間違ってる気がしますが、ようするにその辺りの手間を省きたいほどにうちの会社には余裕がないんです。「それぐらいできて当たり前だ」とは社長の弁ですが、僕はまだまだプロでもなんでもないです。仕事ができて当たり前って言うのになるまではあと二年はかかる。そこまで今の会社にいる気はないけれども。

 で、こうした僕の心のうちをまさか暴露するわけにも行かず、黙るところは黙り、返事するところは返事をし、ちらっと本音を答えては不興を買い、を繰り返しました。こりゃー、次に来る新人さんはよっぽど実力持ってないと会社潰れるんじゃないの、マジで。新人の育成能力ないじゃない。余裕がすでにない。

 あと半年は様子を見る、とこお達しを受けました。これを聞いて、なんか心に安らぐものを感じました。あーあと半年かぁ。それぐらいなら持つかなぁってとこです。すでに頭が日常生活でもこんがらがり始めていてとてもじゃないけどやってけない。まさしく能力の足りない実社会の落ちこぼれ。この分じゃ、再就職は厳しいでしょう。まあ再就職する気はないけれども。なんとか、PHP プログラムサイトを稼動させたいところだ。

 実のところ、社長のお叱りはほとんど右から左だったんですが(要求された改善点が僕の個人特性によるものばかりでほぼ、改善の見込みがないと判断したため。要するに、手か付けられない)、ひとつ興味深い単語が引っかかりました。「お前には応用力がない」。これを聴いた瞬間、なるほど、と思いました。しかし、応用って何でしょうかね。後述します。

 で、とりあえず社長のお叱りは小一時間に及び、とりあえず骨子にまとめれば「他の人に手間をかけさせるな」ということになるらしい。他の人に手間をかけさせたくないんなら、最初からプログラムの経験を持った人を雇えよ……プログラムをまともに作ったことがないド素人が他人の手間をかけずに完璧なプログラムを作れたら、世のソフトウェア会社は全部廃業しなきゃならないだろうが。

 この調子で行けば、僕が突然頭がよくならない限り、半年……実質三ヵ月後には「無能」の判子を押されてめでたく解雇になりそうです。それに対して何の焦りも感じない辺り、改善の望みは薄い。何で焦らないんだろうねぇ。少しぐらい焦ってもよさそうなのに。正直仕事やめたいから、そのせいかもしれないね。とりあえず、2ちゃんねる専用ブラウザとかは削除しておいたが。

[◆]応用とは

 会社での勉強会(三分の二は僕への説教)が終わったあと、応用という単語が気になっていろいろと考えてみました。そもそも、応用とは何か。応用とは、本来使い道が違うものを目的のために利用することです。危なっかしいたとえでは、食べ物を料理する包丁で人を切るとか、字を書く鉛筆で人を刺すとか。何でこんな例えしか思いつかないんだか。そう考えると、僕は人生において、何かを応用したってことはない気がするんだなぁ。

 基本的に、応用しやすいものといえば利用目的が単純なものとなる。消しゴムで人形を作るといった応用はできても、パソコンを別の目的に使うことは難しい(パソコンケースを重石にするとか、そういった物理的なことへの応用は考えないとして)。単純なものほど応用しやすく、複雑なものほど応用がしにくい。そういう意味じゃ、プログラムソースなんて何をどう応用すりゃーいいんだろう。他のプログラムのソースを一部分流用すること旗他にあるというか、ほとんど流用で作っていたりするのだが、結果、無駄なロジックばかりだと怒られたりすることも多々。てか、今頃無駄とか言いだすんかい。一年間、これでいいって言ってきたのは誰だよ。

 応用ができない人間は馬鹿、とのことであるが、思い起こせば人生の中で何かを応用したっていう記憶はあまりない。転用は多いけどね。本を読んで、その本から得た知識を別の場所で紹介したりすることは多い。応用、かぁ。……ふむ。

 応用っていうのは、物を作るときにしかできないことのような気がするなぁ。つまり、何か物を作っている経験がないと、何かを応用するっていうことは発生しないのではないか。そして、僕は何か物を作ったことがあるかといえば帽子とわら人形を作った。帽子の形を整えるために、帽子の中に下敷きをカットしたものを詰めた。これはあまりうまくいったとは言えなかったが、応用したことにはなるだろう。わら人形は納豆の包みに使われていた藁を人型に直したもの。これはもはや伝統とも言える作り方を模したものでしかないが、応用といえば応用にはなるだろう。そのほかと言えば、手ぬぐいを雑巾に直したり、パソコンケースの包みのダンボールをライトノベル用の本棚にするとか。僕の人生ではそれぐらいしかないなぁ。道を歩いていると目にする、猫よけにぶら下げられたCDやペットボトルも応用って言えるんだろうな。

 考えてみれば考えてみるほど、「応用」を実行できる場面って少ない。応用経験豊富って言ったら、もう木を切っていろんなものを作るとかしかしないといけないんじゃないか。うーん、社長の言う応用と、僕の考えている応用ってまったく別物のような気すらしてきたな……。いや、間違いなく別物だ。

 社長がやってほしいのは応用ではない。適応だ。それぞれのプログラムに適応するロジックを利用して、ミスを減らしてほしいのだ。つまり、応用できない人間は馬鹿、なのではなく、適応できない人間は馬鹿、これが正しい気がする。つーか、もし応用ができたならば今頃ものすごいことになっている。世の大発明とかはたいていは何かを応用して作られているのだから、応用ができたならばそれはもうすごいことのはずだ。難しいねぇ。

 ま、もうちょっとがんばりはするけれども、早めに会社は辞めたいね。そのためにも、独自にプログラムが組めないとなぁ。

[◆]ソフトウェア開発について一言

 ソフトウェア開発はギャグでやるべきであると切に思う。つまり、必死に作り上げるものなんかではない。なぜならばソフトウェアはどんなことをやっても何も生み出してはくれないからだ。計算や情報管理が速くなるだけで、それ以上の能力はないし、むしろそういった処理が早すぎるせいで人間が苦しめられている。ついていけていない人が続出している。窓際族なんていうのがその典型で、早くから触り続けた人しか使えないのが現状だ。人間の力を過信してはいけない。

 ソフトウェアなんて、プログラム技術に卓越した人が気が向いたときにぱぱっと造るのがいいのだろう。それだと要求に合ったプログラムが作られることはないのでやや面倒かもしれないし、ソフトウェア会社が誕生するにしても最初っから技術力が十分にある人たちだけで組むべきだと思う。新たにその中で人を育成するには、よっぽど余裕がないといけないから。

 パソコンをたくさん触ってはいるがプログラムを組んだことがない人は、ソフトウェア会社を目指すべきではないのだろう。あまりにも負担が大きすぎる。いきなり詰め込めるようなものじゃない。独自にやりたいと思う人が時間をかけて技能を磨かなければ潰れるだけだろう。

 さりとて、農業や製造経験があるわけでもなく……ほんと、何をすればいいのか分からないもんだねぇ。