五月一四日、水曜日の話
何か理不尽のような気がする

 「分からないことがあれば聞け!」と怒られるのであるが、そこにかとなく理不尽さを感じる。

[◆]分からないことがあれば聞け

「分からないことがあれば聞け!」との言葉は僕が仕様を間違えてプログラムを作ったときの監督者の科白であるが、そこにはかとなく理不尽さがある。なんともすれば、「仕様で不明な点は古いプログラムを見ろ」と言われて古いプログラムを見て作ったからで、監督者の「分からないこと〜」はこの場合、古いプログラムから仕様が変わった部分のことを指す。でもって、事前の仕様説明においてその変わった部分についての説明は一切なく、変わったことすら示されていなかった。つまるところ、説明をした段階で監督者も仕様が変わっていることに気が付いてなかったという事になるだろう。気が付いてて説明しなかったのであればそれは監督者が悪い。

 まあ、本当にミスをしていた部分もあったので下っ端の僕としては二進も三進も行かない状態であるが、上記の話だけに限定すると理不尽さを感じずにはいられない。言葉どおりに受け取るならば、プログラムを作っている間、僕には「分からない部分」というのが生まれないからで、監督者の示した条件が満たされることがないからだ。生まれるはずのない条件をあとから突き付けられても、身体でがっかりして見せつつ心中は無視を決め込むしかない。でもって、生まれるはずのない条件を掲げて「何回おんなじことを言わせるんだ」と言われたところで問題は永久に解決しない。永久ループの完成だ。「一億回を越える事はないと思いますよ」と言って冗談だと思ってもらえるかどうかが目下の興味どころだが、経験に基づけば思ってもらえない可能性のほうが非常に大きい。永久ループに気が付いてないし。

 そして、この問題に関しては“安全に”解決するための権限が僕にはない。解決しようとすれば「上司にはむかう」必要があるわけで「会社内部での僕への好感度」を費用に行動しなくてはならない。となると損得勘定になるのだが、この問題を解決したときの勘定になると間違いなく僕の損のほうが大きい。得るものは「文句が少なくなる」だけで大きな得ではないし、別の問題を発生させる可能性が高い。そもそもうちの会社はがたがたなんだし。

 ――最近の楽しみは古いプログラムの作成日付と作者の名前を見ることだ。十年前になるとそりゃーもういろんな名前の人がプログラムを作っていた。つまり、ここ十年で大量の人が入っては出て行ったことになる。今の社員がどの程度なのかは知らないが、少なくとも大方の社員は長続きしないらしい。

 そーいうもんらしい、と言うのが分かると、多少なりともやる気が出るわね。仕事を辞めることに向けて。

[◆]昨日の晩は雷がすごかった

 昨日は日本の近畿〜関東地方あたりで雷がすごかったらしい。僕の家でもかなり強烈な光と音が発生していた。一瞬、電気の流れがストップしかけたこともあったぐらいだ。こええー。

 会社でも雷の話があったが、雷が鳴るたびに起こされるとのたまう人もおり、つまり年取ったら睡眠が浅くなるってことなんだろうなーと思いつつプログラムを作ってました。今日は早く帰りたーい。くっそ、早く独自に金稼げるようにならねば。