三月二八日、金曜日の話
第一次産業、第二次産業、第三次産業、そして行政

 今の社会は実に均一性が取れていない。

[◆]労働バランスが悪い!

 社会の労働には大別して、第一次産業、第二次産業、第三次産業、そして行政の四つがある。第一次産業は主に農林水産のことを言い、第二次産業は加工販売を言い、第三次産業はサービス業のことを言う。そして、それらには属さない管理のための仕事を行政という。いわゆる公務。

 昨日、ちょっくらニートの話で触れたので、この部分について思いついたことを書いておこう。

 現在の社会は第一次産業、第二次産業、第三次産業、行政の各労働者数が著しくバランスが悪い。本来の構想として、第一次産業が一番労働者数が多く、第三次産業労働者数が一番少ないのが産業ピラミッドの形としては良いとされる(中学校の社会の教科書にあったような)。これは人間社会なんぞ衣食住が足りてなきゃ始まらないって言うあたりで納得いくものであるし、第一次、第二次は体力が必要なことから若手がたくさんいないといけないものである。

 が、現在の日本はと言うと上向き三角ではなく下向き三角である。自給自足が出来ないのは当たり前で、他の社会からの支えがなければ崩れ落ちてしまう。この辺り、食糧の輸入に頼っている日本を見れば良く分かるだろう。第三次産業によってお金が入り、そのお金で何とか補えるので何とかなっている状態である。

 ただ、お金という形でしかやり取りできないのが辛い。国外との貨幣のやり取りは実に不安定であり、ドル安だ円高だでいちいち右往左往しなきゃならないというのもなんとも微妙だ。まあ、そんな時だからこそ自給自足の見直しが始まったのであろう。相変わらず、第三次産業向けの若者作りばかりしているがな。

 ゆとり教育はある意味で、第一次産業、第二次産業の担い手を作り出そうとしたんじゃないかと思う。豊かな想像力等は、第二次産業に必要なものだ。第三次産業向けとは言いがたい。第三次産業は高度社会のものであり、必要なのは鋭敏な能力だったりするわけで、体力、想像力はそんなに必要ない。実のところ。

 第一次産業に必要なのは体力、第二次産業に必要なのは発想力と技術、第三次産業に必要なのは能力、と。ちなみに、すべての産業において経験は絶対に必要になるが、これは第一次産業ほど多く必要であり、第三次産業になるほど必要がなくなる。教科書ばかり読んでる人間でも通用する社会の実態がここにある。

 これらを体系的に組み上げられなければ、社会として必要な重量感は出ない。基礎がないとも言う。そんな状態であるからこそ、某国は食料の輸出を止めて兵糧攻め〜なんて言えるわけである。

 均衡の取れた産業態勢を整える必要がある。まあ、頭でっかちになった老朽化社会には立て直せないかもしれないけれども。その辺り、どうするか考えないといけないだろう。

 ちなみに、名前だけ挙げておいて説明をしていなかった公務についてであるが、これはぶっちゃけ、どんな人間でもなることが出来る。何かを生み出すのではなく、単なる管理職だ。忙しいところになれば能力ある人材が必要になるだろうが、忙しくないところではそんなに能力は求められないのが実情。そんなもんである。管理職だから何も生み出す必要がなく、のんびりしているところもある。その代わり、管理ができていなければ袋叩きにあうのである。社会保険庁とか。入るときだけ厳しいのは日本の悪習だよねー。