二月一七日、日曜日の話
偶然名タイミングで会うことが出来ました。 [◆]大学時代の友人と会う
僕の友人といえばイチノイカズイ殿であろうけれども、大学生時代にゼミの仲間を除いて僕に出来た友人といったら主に二人の名前が上がる。その二人とはなるべくして集まった関係にあり、つまりは類は友を呼ぶという間柄で似たもの同士ということだ。出会いは大学のうちの学部のみで行われていた新入生親睦交流合宿の、人付き合いからあぶれた人間の集まるテントの中で。親睦を深める中で人付き合いからあぶれている段階で大学生活の色合いがわかりそうなものであるが、この出会いがあったおかげで一般的なものよりもなかなかに興味深く色濃い生活が送れたのではないかと思う。ま、もちろん逃した経験も多いのだろうけれども。
僕とイチノイカズイ殿とこの友人(ここでのちょうどいい代名詞が思いつかないっす)の三人は大学教授から一目置かれるグループにいつの間にかなっており、四大心理学系ゼミのうちの三つにそれぞれ所属していた。ゼミ選択のときには教授の間で三人のうち、一人でも多く獲得したいと手をこまねいていた教授もいたみたいで、それなりに優秀であると認識されていたようだ。少なくとも、講義は教授の前で講義を聴き、私語はせず、たまに質問もしていました。教授の論文も貰った。……ごめんなさい、僕は読んでないです……。
さて、今回、友人と会うことになったのはほかでもなく、金曜日にぼへーと気がめいって「ソフトウェア関係の仕事なんて若い人がやる仕事じゃない」と考えており、「自分のやりたいことに向かって進めているだろうか」と疑問に思い、「ほかの人はどうだろうか」と思って「自分のなりたいものになれそーかい?」というメールを過去、なりたいものがあると言っていた最近会ってない各友人に連打して、その返信として週末に京都に来ることが伝えられて会うことになったわけで、気まぐれのメールに寄り合うことが決まったわけだ。
雪が猛烈に吹いていた。駅構内では雪が水蒸気のように流れ、視界を埋め尽くすかのような白、白、白。寒い。これはつもりそーだーと思っていたのだが、一五分ほど電車に揺られていたらあっさりと止んで雪も解けてしまった。最近、突然雪が降っては突然止んでしまうという気象が続いている。晴れているときに雪が降ることもあり、遠くで降っている雪が風で流れてきただけのような感じだ。周りの山々が雪雲の侵入を防いでいるのかもしれないね。
久しぶりに会った友人は外見上、最後に会ったときからあまり変わってはいなかった。しかし、社会に出て大人っぽくなったというよりは疲れているように見えた。おそらくは彼からも僕がそのように見えていることだろう。大人になるって何なんでしょうね。疲れることを言うんでしょうかね? どうにも、大人になる経験というものを社会に出てからもしている気がしないんだけれども。子供のまま、労働力として絞られている気がする。……そうなると、大人って言うのは子どもの絞りかすのことを言うんじゃないだろうか。そんなのが大人であっていいはずはないと思うが。大人というものは二四歳目前の僕にはまだわからないもののようだ。
友人と歩きながら僕のお勧めの中華料理店に行き、天津飯を食べる。このお店の天津飯のあんは味が濃くておいしい。かわりに焼き飯はあまりおいしくない。座敷に上がっておしゃべりをしながらご飯を食べました。もう絶え間なくしゃべり続けていたような気がする。大学卒業後、初めての会合だったのでしゃべることは多かったのだろう。
友人は今の仕事についてやりがいはあるのだけれども待遇に不満があるという。介護系の職について子供たちの支援をしているのであるが、社会保障と年金がない。社会保障がないと病院にいくことになったとき、数千円でいいお金が数万円になるわけで、並の生活をしているだけではとても病院に行ける余裕は生まれない。そりゃ不満にもなるだろう。給与については触れなかったが、少なくとも年金の心配をしなくてもいいというほどに出ているわけではないだろう。
介護は他人を支える仕事ではあるが、健康な人間ほどその大切さはわからない。ないがしろにされていく介護職は生活を支えるものとするには相当に厳しいものだろう。……正直、介護関係者は全員公務員にしたっていいと思うのだが……警察、消防、救急に関するものは全部公務員でいいじゃないか、なんで救急だけ大半が民間なんだ? 支援金が出ているとは言え。
飯屋でしゃべり続けるのもあれだったので、適度なところで店を出て一路、うちの親が本日当番をしている近所の店へと行きました。うちの親と友人は大学卒業式のときに面識があり、「お久しぶりです」と挨拶をした後に親の根掘り葉掘りな質問をしつつ話をし、それから店を出て近所の京都探索に出かけました。とはいっても、河原町の新京極と鴨川探訪です。小学校の修学旅行で来たことがあるそうで。
もう雪は降っていないとはいえ、そこそこに寒かった。鴨川に行ったとき、遠くに見える山々には雪が積もっており、さえぎるものがない川の風は冷たい。近所のモスバーガーに入り、安いものでお腹と熱を取り戻すことに。
モスバーガーでは僕の夢である世界群歩行者達の構想について語ってみたり。それにしても、語れば語るほど歯抜けな状態であることがよくわかる世界群歩行者達。「それは閉鎖的になりすぎはしないか」と言う友人のもっともな意見については「確たる土壌を持っていない状態では外と対等に付き合うことは難しい」ということを答えたものの、実際にはどうなることか。ただ、心の狭い人間――心に余裕のない人間は他人を受け入れることは出来ない。最初のころは余裕なんかないだろうから、閉鎖的でいいと思う。……閉鎖的なのに人を増やしたいというのは矛盾しているのだが、そういや閉鎖的の定義を定めてないな;
閉鎖的、というのは組織対組織の場合の話で、世界群歩行者達という組織が成り立ったとき、どこそこの組織や企業と取引はしないという意味で個人的な付き合い等を拒絶するものではない。んなことしたら里帰りすら出来ないよ。この関係で、お金の借り貸しに関する取引は断固として受け付けてはならない。貸すことはまずないと思うけれども、借りることは許されない。返す当てがないから。ゆえに、もしも企業として成り立たせる場合でも株式会社には絶対になってはいけない。どんなに儲かることになったとしても。永遠に。そうなる可能性は低いが、株式では株主の下に就くことになってしまう。あらゆる意味で独立しなければならないのである。まあ、国に税金は納めるけれどもね。宗教法人になったら税金納めなくていいんだっけ。ぶっちゃけお金を獲得する当てがないからなぁ。
モスでお話が終わった後、電車に乗り込んで帰りました。本日は京都市長選なんで帰りに寄ろうと思って寒さの前に忘れた。やたらと二人の候補しか持ち上げられていないが、どっちもどっちという気がする。 [◆]夜
ふぅ。早く寝れそうだったのに、気がついたら就寝時刻が午前一時ってどういうことなんですかね。明日、またしても睡眠不足か……。 |
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