十一月一六日、金曜日の話
ソフトウェア開発はノルマ制である

 今日、朝、お母さんに指摘されるまで木曜日だと思ってた。

[◆]ソフトウェア開発はノルマ制である

 ここ数日、会社のタイムスタンプに記録されている帰宅時刻が午後十時を超えています。まさに家に帰っても飯食って寝てるだけ。家にいる時間が九時間程度しかないって言うのは、本当に気が重い。いっそのこと、遅くなった日はネットカフェに泊まってもいいんじゃないかという気がします。正社員やってる癖して、いわゆるワーキングプアの仲間入りです。労働時間がどうにもならなさすぎです。

 労働時間が長い、と言うのではない。短くしたくでもどうにもならない問題点がある。なんともすれば、机に座ってれば物事が進むかと言えばそうではなく、プログラムが出来上がったかどうかで進むからで、机に座ってパソコンモニターを睨んでいてもプログラムがまともに動いてくれなければどうしようもない。つまるところ、ソフトウェア開発って言うのは労働時間で決まるものじゃなくてまともに動くプログラムを何個作ったかで査定されるノルマ型の仕事なんだと最近、理解しました。ノルマが達成されなければ何時間会社にいようが関係ない。できてないんだから。

 つまり、ソフトウェア会社で勤務時間を短くしたければ、まともに動くプログラムを正確に素早く作れるようになればよい。問題は、正確にプログラムが組めるようになるためにはどのような段階を経るのか、どのぐらいの時間がかかるのかである。ここ数日、まともに動いてくれないプログラムを前にしている僕の考えを述べれば、プログラムは仕事をしていて先輩につき従っていれば覚えられるものではない。この仕事こそ、専門学校なり大学の情報科なりでの学習が必要になる“型にはまった”仕事なのだから。

 試行錯誤の中で覚える事柄ももちろんある。だが、今の僕の状況を見るに「知らないが故の立ち往生」があまりにも多すぎる。僕が利用したいと思った機能を持った関数の存在を知らなかったが故に関数探して右往左往である。社内で作られた独自関数もあるため、その辺りを含めて探しまわらないとならない。そして最後にはプログラム言語に標準装備されていましたとかいう話になり、三時間かかった問題はあっという間に終幕。知るためだけに三時間もかかっていることを考えると、この仕事は基礎知識がないと立ち往生の連続になるということだろう。まさしく僕がそれ。

 「こんなの基本じゃん」と上司に言われても、「しかし解りません」としか言いようがない。いくら基本だと言われても、その基本すら仕事として渡された作業中にプログラム言語のヘルプを見ながらでしか存在を知ることができなかったりする。プログラム言語の知識を得る手段として、先輩の仕事を盗むと言うのは通じない。せいぜい、スペースとタブの配置ぐらいな物で、プログラムの構造を発想力で作るにはあまりにも基礎知識がなさ過ぎる。働き始めてから分かる苦渋の味である。

 三日かってよくやく、手間隙掛けていたプログラムが完成した。が、それだってほかの人に書いてもらった構造を流用しただけ。しかも、僕が知らない機能を使っていたりして、プログラムが出来た嬉しさよりも徒労感の方が強い。一体、僕が十時まで残って取り組んでいた苦労はなんだったのか? こんなのであれば、まだ教本を読んでいるほうが有意義かもしれない。しかし、ポーズだけでもプログラムに向かっていないと文句を言われるであろう。何の予備知識も持たないまま業界に入った結果ではあるが、あまりにも楽観視しすぎていた。今の会社に入るまでのソフトウェア企業が僕を不採用にしたのはある意味正しいだろう。ただ、正しいと理解出来るようになるまでにはかなりの神経をすり減らした。代償はそこそこ。

 眠くてトイレで五分間の居眠りした回数も増え始めている。プログラムの勉強を会社に頼らずに勧めなければ、本当につぶれてしまう。危機感が社員を後押しすると社長との勉強会で利用している本に書いてあるが、今僕が感じている危機感は会社どうのよりも僕の精神の危機で、会社をやめればスパッと解消する。やれやれ、ベンチャー企業に入るとろくなことがないって言うのは本当だ。その仕事をやりたい人……つまりはすでに技量を持っている人の集まりから始まっているせいで、新人を鍛える力がない。教えるのも下手糞だし、無茶な要求もしてくる。あー、くそ、最近は愚痴が多くなってしまった。自分は本当に弱い人間だよ。自嘲しないとやってけないとは。

 この調子では、僕の夢にたどり着く前にすり潰されて孤独死しそうだ。自分が幸せな家庭を築いている姿は一向に想像できないが、はげ頭でパソコンに向かっている姿なら容易に想像できる。自分の姿にがっかりだ。そして気持ち悪い。

 現状から抜け出す必要がある。しかし、どうしても遊んでしまって現状から抜け出すどころの騒ぎではない。C言語の勉強だって滞ったままで、やる気がないのが自分でも分かる。僕は自分で自分を鍛えることが出来ない人間なのか。

 僕を気に掛けてくれている友人たちに、申し訳なく思う。実績が必要なのに、実績を叩きだす能力が僕にはない……。

 仕事で忙しいとか言う前に結婚は無理だなこりゃ。伴侶に対して申し訳なさ過ぎる。つーか情けねぇ。かっこ悪い。鏡に映るそいつは何者か? ただの弱い人間。弱い……。