十月 九日、火曜日の話
自分の狂気について考える

 狂気が欲しいと昨日日記に書いたが、そもそも、僕はどういう狂気を持っているのだろう。

[◆]夜な夜な夜なに対して感情の揺らぎが減った

 昨日の日記で紹介した「夜な夜な夜な」であるが、狂気聞いてみるとリズムと音域が非常によくて好きなのだが、あまり狂気的なものを感じなくなってしまった。どうやら、かすかに感じる狂気を取り込んでしまったらしい。一般的に言うと慣れたと言うこと。今度、カラオケで力いっぱい歌ってみたいものだ。

 僕はすでに何人からも「変人」、「異端者」、「規格外」のどれかで呼ばれたことがあるが、さて、今頃狂気に着いて考える僕はいったい、どういった狂気を持っているのだろうか。僕を「変人」、「異端者」、「規格外」のどれがで呼んだ彼ら彼女らは、僕にいったい何を見たのだろうか。彼ら彼女らは、罅(ひび)の入った曇りガラスのごとく、容易に僕自身に僕の姿を見せてはくれない。いまだに僕は、僕の姿を見たことがない。僕は僕の中から吹き出た感情と理性を楽しんではいるが、中心にいすぎて外からはどういうように見えているのか、具体的にはわからない。「変人」、「異端者」、「規格外」の言葉から、ただただ普通の人間とは何かが違うという事を推測するしかない。

 違う人間と言っても、僕自身は自分自身を何のとりえもない、仕事をぐうたらとやって睡眠不足に追われている弱い人間だと考えている。弱いくせに強くなろうともせず、ただ理想だけを掲げて結局は理想を実現させることもなく、ただ自分のやりたいことを出来る範囲でやり遂げて満足して、最後には餓死する人間だと思っている。きっと、僕が死んだ跡には何も残らない。まさしくは大多数の人間と一緒だ。自分の人生に、今のところは独特の部分なんて見られない。なんだか楽しいね。独特の部分がない。それがなんだか楽しい。僕もなぜかわからない。でも、楽しい!

 体が熱くなったような気がする。独特の部分がないと自分で言い切ったときから、なんだか血が騒ぐような気がしてならない。血が騒いだところで僕は何も出来ない。唇をなめる。でも唇はすぐに乾いて。唇に唾液が粘りついて口を開けば二チリと音がする。何で笑うのかわからない。だからさー、さっきから言ってるんだ。僕は自分の狂気を知らない。そこに狂気はあるが、それがどんな形の狂気なのか、僕にはわからない! すげぇ楽しい! まあ、これも一晩寝たらまた意識のそこへと沈んでいくものだ。この日記だって勢いだけで書いているに過ぎないガラクタだ。僕が感じたことを何の整理もせずに書き連ねているだけだ。でもね、言葉に直すのが楽しい。

 さて、寝よう。

[◆]今の会社は喜ばない

 お風呂には言っているときにふと思ったのだが、僕はどうして今の会社に対して何の感慨も湧かないのだろう。卒業直前に拾ってくれた会社で、恩義はあるのだがそれすらももはや霞んでしまっている。なぜだろう。

 それは充実感がないからだ。働いてもただ労働力を取られているだけのような気がしてならない。働くことに喜びを見出せない。なぜか?

 当たり前だ、僕が作ったプログラムを動くのを見て、誰も喜ばない。動くのが当たり前だから、動くのを見ていちいち喜ばない。そんなことよりも金を取れる商品を造ることを急がねばならない。一生懸命働いても誰も喜ばない。一生懸命勉強しても誰も喜ばない。一生懸命生きても誰も喜ばない。ならば、なぜ働くのか勉強するのか生きるのか。喜びを失った場所に、充実感なんてない。ただ乾いているだけだ。僕の職場は乾いている。ただ技術力があるからそこにいるだけで、喜びを求めていない。そんな気がする。

 今日、どこぞのニュースで「最近の新卒社員の大半は、入社時にはすでに辞める予定を立てている」という記事を見た。僕もそのうちの一人だ。何でそんな風になったのか。本当にキャリアアップのためなんだろうか。同じ職場にいても喜びを味わえないことをみんな知っているんじゃないだろうか。それは大人たちから伝染する。今の大人たちが誰も喜ばないことを、子供だった僕たちは知っている。喜びのないところに行っても面白くないのは当然のこと。そして、当の大人たちはそれに気が付かない。乾いてしまっていても、すでにある大地にしがみついている。大地を潤す力もなく自分たちも枯れ果てても、そこにいることを望む。そんなことでいいのだろうか。

 僕は何をするべきか。少なくとも、乾いた大地で枯れ果てるのを待つべきではない。潤った大地に移動するか、大地を潤す方法を考えるか。

 僕はこれまで、何でウェブページを作ってきたのか。初めてつたないHTMLを書いて、へったくそなページがブラウザに表示されて、それが嬉しかったからだ。改良を重ねて、使いやすいページを作ることが嬉しかったからだ。みんなの役に立てるページを作れることが嬉しかったからだ。みんなに自由な場所を分けてあげられるのが嬉しかったからだ。自分の考えを誰かに伝えられることが嬉しかったからだ。だから、僕はここにいる。

 喜ばない場所。そこにいるのは不愉快だ。さーて、どうしてくれようかね。