八月 八日、水曜日の話
またやっちゃった

 電話対応失敗・その2。

[◆]電話対応失敗・その2

 職場にて本日の午前一〇時ごろ、掛かってきた電話に対応したわけだがこれが電話対応失敗例その2の始まりであった。

 内容は特殊なもので、だからこそ失敗を誘発したとも言える。……というか、単に僕のしょぼい対応守備範囲を越えているものだった。簡単に言うと「(うちの職場と交わしているはずの)契約内容が不明になっているので、教えて欲しい」という内容だった。担当者は外出中で不在。それで、「担当者が外出しているので、わかりません」と答えたのがまずかったらしい。「調べて連絡いたします、ぐらい言えないのか」と皮肉めいた口調で言われ、なるほどと思いながら担当ではないけれどひとまず他の人に電話対応を変わってもらいました。

 すみません、すみませんと連呼する電話を代わってもらった人の様子を見るに、「わかりません」の一言で怒る人がいるのだなぁと申し訳なく思いながら、不安と興奮をないまぜにした心持ちで電話が切られるのを待ちました。「ずいぶん怒らしたみたいやで。○○閣下によろしく、と言われた」と電話対応後に教えられ、閣下だなんで照れるなぁと思いながら「わかりません」の一言で閣下にまで昇格してしまうビジネスの世界に何とも言えないもろさを感じました。

 あとで冷静に考えると、「わかりません」と言ったのは会社そのものの全体状況をつかんでいない僕にとってはベターな選択であったとはいえ、会社としては赤点だったのでしょう。「わからないので、担当者が戻り次第、折り返し連絡させていただきます」ぐらいが良かったのだろう。また一つ失敗を重ねて反省し、賢くなった。ただ、僕の失敗が僕のところで止められるならいいのだが、会社全体に影響が出るって言うのが何とも難しいところである。正直、命のやり取りをしているわけでもない単なる商売で連帯責任とは、大人げないものだと思う。いや、もしかしたらこれこそが大人の対応で、子供のやり口がより陰惨になるのではないかと思う。子供の喧嘩が殴り合いなら、大人の喧嘩は首の絞め合いか。ふむー。

 ひとまず、この話は僕の上司にも伝えられ、上司からは直接何も言われなかったものの、戻ってきた社長からは二、三言注意を受け、営業担当者と社長が先ほどの電話先に対して謝罪をするという、大変な状況の割にはなにか白けている社会の姿と言うものを見た気がします。お金とは誰かの役に立ったその報賞であると言われますが、役に立った報賞としてはあまりにも生活において重要でありすぎる。褒賞と言うよりは命の水みたいなもので、命の水を獲得するために頭を下げて商品を買ってもらうのである。

 もとより金とはそういうものであるが、金を得るために必死になりすぎるのが気持ち悪い。生活に必要な食料だけでも、現在の金の流れから外れたところで手に入れられないだろうか。そうすれば、今のようにギスギスした部分もなくなると思うのだが……。ま、変に働かなくてもいい状況になると働かない人多数、子供が産まれても幼稚園や学校に通わせなかったり、そもそも結婚しなかったり、それほど隔離されているわけでもない日本が、どれだけ世界に対して貧弱な国になるかは想像がついてしまう。

 やれやれ、「わかりません」の一言からどこまで想像するって言うんだ、僕は〜。

 ひとまず、「わかりません」と答えられたぐらいで文句をぐたぐだ言う人にはなりたくないものである。