五月一三日、日曜日の話 [◆]日曜日の話
日曜日は遅めの起床で、ひとまず部屋の掃除をした。午後十二時あたりにサーバの掃除をするため、部屋の掃除を先に済ませておかなければならなかった。埃だらけの場所でサーバの掃除など笑止千万である。 さて、ここのところ部屋の模様替えを画策しているのであるが、やるべきことは床面積を広げることにあたり、いらないものを捨てることである。いらないものを捨てれば部屋は広くなる。真理である。問題は、部屋にあるものの大半が何らかの理由で捨てるのがためらわれる物であることだ。たとえば大学の入学志願書。他の人に知らせれば間違いなくいらない物扱いされる物が、僕の部屋には段ボール一つ分ある。なぜ残してあるかと言えば、小説の資料に使えるかもと思ったからで、この四年間は開封もしてない。まあ、大学の志願書なんて欲しくなったらまた注文しなおせばいいだけのような気もするが……。 高校の教科書もいつでも使えるように棚に置いてあるが、ほとんどの教科書は全然開いていない。何のために置いてあるんだろう。こういうものこそ、ダンボールに入れられておくべきものなのではないだろうか。 もはや読み直さないゲームの攻略本。漫画。小説。ひどいのはこの先も着る気がない服だろうか。いらないものなんぞ、ゲームの世界ではさっさと売り払ってしまうものなのに、と思った瞬間に気がついたのであるが、そう、この社会ではいらない物を売る、という行為があまり受け入れられていないように思う。要するに、消費者側が物を売れる場所が非常に少ないのだ。古着屋に服を持って行って売ればいいのだ。確か、近くにあった気がする。妹が古着屋を好んでいたはずだから、聞けば何件か知っていそうだ。 ふむ、来週あたりにいらない服を売り飛ばそうか。そうしたほうが僕にも服にもいい気がする。店の事情は知らないけれども。どの道、着ないのだから。文庫本も売ってもいい気がする。読まず、ずっとベッドの下にある。再び読みたくなるぐらいの面白いもの以外は売ってもいい気がする。 このようにいらない物を売ろうとするのは、僕の部屋にいらない物を置くだけの容量がないせいだ。四畳半の部屋ではちょっとね。もう、引っ越しをするぐらいの勢いで物を処分したほうがいいかもしれない。 あと三ヶ月以内には、新しいパソコンを利用できる新体制にしなければならないのである。もしかしたら、マジで引っ越しも検討しなくてはならないかもしれない。 それだけ、僕は新しいパソコンとそれを取り巻く雰囲気に期待しているのである。まあ、要するに「何かすごい」という雰囲気に酔いたいのであるが。 |
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