五月三一日、水曜日の話
もっと高エネルギー体になりたい

 思うに、賢い人と賢くない人の違いはどれだけエネルギーを溜め込みまた発揮できるかと言うことなのではないだろうか。

[◆]頭にエネルギーを回してください

 夏になった感じでだんだんと気温が上がってきている。最近は汗拭き用のタオルを部屋に常備しておかないと汗がだらだらと流れるようになってきた。キーボードを打つ指にも力が入らず、タイプミスを繰り返しては変換で変な単語が創造されてしまう。しかも、常時眠いと来たもんだ。

 季節の移り変わりは悩みの種であるが、それ以上に悩みの種なのは就職活動である。何もしていない。友人から就職活動の話は流れてきているのだが、やっぱ僕はかなり立ち遅れているようだ。就職状況はかなり好転しているとはいえ、このままではなし崩しにニートになってしまう。ニートになりたくはないのだが、どっから当たればいいのか分からない。ひとまずは、地元の企業を当たってみますかね……。説明会に一個も行ってないというのは、やっぱまずいだろう。スーツもクリーニングしたことだし。

 また、大学方面では卒業論文も重りになっている。「匿名の印象形成」は「インターネットの印象形成」に変わりつつある。まあ、内実は変わっていないのでテーマが具体化されたというところか。

 近況はこのあたりにしておこう。

 今日の朝は「涼宮ハルヒの動揺」を読んでて大学の講義に遅刻した。「涼宮ハルヒ」シリーズは人気が出るのは当たり前だろうと言うほどに面白いが、何か軽い感じがする。真剣みが薄いのだろうか。電撃文庫のライトノベルに慣れると、その他のレーベルの本が軽く感じられるのは何でだろう。それはともかく、動揺から朝比奈だけなく長門も看板娘の地位を築いたようである。まあ、活躍しまくってるしなー。

 遅刻した講義は家族関係論であり、今は「シングルマザー」や「欠損家族」や「シングルは新しい家族形態という人はいる。しかし、それは子供にとって本当に健全と言えるか」と言うようなことを聴いています。僕が家庭を持つことになったら、ぜひとも活用させたい講義でありますな。

 その後、午後十二時一五分から五〇分まで続く昼休みのうち、一五分から三五分までの二〇分を大学が新設した空中庭園で読書に利用。まだ真夏の太陽ではないがそこそこに暑く、とある政治団体の残党によるアジを日常の雑音としてやはり「涼宮ハルヒの動揺」を読んでました。で、太陽光線の明るさに目をやられたのか、目に映る黒色の部分がすべて緑色に見えました。黒いガラス戸の縁や黒い僕のかばん、いろいろなところにできている物の影など、黒い色をしたものが緑がかっている。僕が緑好きなのは、こうした黒い色が緑に見えると言うことに長年付き合ってきたからかもしれない。他の人もずっと太陽の光の下にいたら、黒い色に緑色が重なって見えるのだろうか。

 次の講義は学生補佐のアルバイトの講義であったが、教室にかかっている空調のせいで快適なのではあるが眠くなり、何回睡魔に負けそうになったことか。金もらっている立場で眠るのは罰金ものだろうが、眠い。何回かサザエさんのエンディングテーマが頭の中に流れていたし、どこぞの上半身裸のデブ男がどこかのがけの絶壁の上に立ち、手を大きく広げて風を真正面から受けていると言うようなビジョンも見たような気がする。

 補足すると、僕は日常的に眠りに入る直前にいろいろなものを見たり聴いたりする。どうやらこれは眠りに移行する段階に出るθ(シータ)波という脳波が関っているらしい。アルファ波とベータ波は有名だが、シータ波はそんなに有名じゃない気がする。

名前
いつ出てるか
●アルファ波
心配事・緊張・通常
●ベータ波
集中・瞑想・リラックス
●シータ波
まどろみ・ひらめき
●デルタ波
熟睡中・無意識

 環境心理学を受けてて役に立った。全ての講義を聴きたかったところだが、途中で先生が入院しちゃうんだものなー。

 さて、そんなわけでねむねむの講義を終えたら少しばかりパソコンで学術論文データベースにアクセスして論文を引っ張り出してました。こういうデータベースが使えることぐらい、大学側は明示しておいてくれてもいいだろうに。このデータベースを利用するには使用料を払わなくてはならず、それを持っているのは大学である。明示したところで損にはなるまい。

 結局、欲しい論文は大学が使用料を払っている以外のところにあったらしく、読むためにはクレジット番号を教えろと言われたが取り合わず、パソコンを落として帰宅。本日はカズイ殿は先に帰ってしまっていた。なにやら散髪をしに行くらしい。

 大学の途中に新しくできたラーメン屋で昼食をとろうと考えていたのだが、閉まっていた。「営業時間 12:00〜2:00 6:30〜9:00」という張り紙を見て時計を見たら三時半だった。昼の部終了の二時には大学で講義中である。この店にはまともに大学に通っている間は来れないらしい。

 帰宅途中の電車の中で「涼宮ハルヒの動揺」を読んでいて思うのだが、ハルヒのような成績・運動能力優秀、なおかつ奇想天外というキャラクター性は一部の人間だけが持てる高エネルギー状態なのではないかと思う。エネルギーの充満度と巡りが非常によいのでハイスペックなわけである。それに比べたら、僕なんか本気でエネルギーが足りていない。人からは「君、たくさん食べるね」と言われるがその割には体重も増えず、僕の頭脳はもはや恒常的にエネルギー不足を訴えている。なんだか、いっつも頭がぼんやりしているのは、頭にエネルギーが回っていないのであろう。つくづく不便な肉体だ。

 エネルギーの循環を考える場合、やはり血流が関係してくるだろう。血流がエネルギーを運ぶと仮定した場合、血流の力を増やせばエネルギーの循環もよくなると思われる。血流の流れを良くするには運動をすることである。暇なときに六時間ぐらい走ったほうがいいのかも知れない。運動不足はやはり深刻だ。なんとなく、頭の良さにも関っていそうな気はする。世の中、運動しすぎて「筋肉バカ」と呼ばれる人たちはいるようだが。

 あーくそ、もっと脳の処理能力を高めたいところだ(ここが現在のグダグダ話のポイント)。

 さて、ラーメン食べたらバイオ4をしよう。最近は親の目も厳しいが、大学がある日ぐらいはゲームもさせていただきたい。就職先を見つけてしまえば文句言われることはないのだろうが。

 そんなわけでもう六月一日も待ってないのに来てしまうと言うこの時刻、十一時五〇分。この一週間、卒論のための論文を一つも読んでない。何もしないのは後がつらくなると言うのは分かっているのに、この無気力感は何なのだろう……。