二月二五日、土曜日の話
ストレスを感じるものが娯楽か?

 最近、オンラインゲームについてこの点の考察を続けています。

[◆]久しぶりに外出

 朝っぱらからオンラインゲームを、それも二つのパソコンを使ってプレイしていたりしました。オンラインゲームが一つのパソコンに対して一つしか起動できないという仕様のせいですが、やるまではそうした方が楽だろうと思い、やり始めてからものすげー馬鹿らしくなりました。そもそも、オンラインゲームってみんなと協力するもので、しかし今、自分がやっているのは自分一人だけで何とかしようとしているってことじゃないですか。結局一人かと思うとオンラインゲームで遊んでいる意味って何よ? と思うわけです。そこまでしてオンラインゲームをしなければならない意味は? 一人用のゲームをわざわざ二つのパソコンをまたいでまでする意味は? 協力してくれる人に迷惑? それって、本当にゲームを楽しめているのか?

 キャラクターを強くしたい。しかし、楽をしたい。そのために二つのパソコンを使い、一人二役で片方が片方を鍛える。お金を支払ってまで。馬鹿か? やってらんねーよ。そんな事をするなら、鍛錬手伝ってくれる友達見つけたほうがゲームを楽しむ事に関しては数倍楽しい。だんだん頭が痛くなってきた……。

 そもそも、オンラインゲームはゲームあり娯楽である。そのはずなのにストレスを感じるっていうのは、ゲームとしては失敗しているのだと思う。少なくとも、僕の感性においては。一人で遊ぶシューティングやRPGや格闘ゲームの方がよっぽど完成度は高い。人間関係が楽しいといっても、所詮はリアルではない。関係こそは本物でも、相手が顔を見た事もなければ声を聞いた事もない、いてもいなくてもいい存在である事にはまちがいなく、ぶっちゃけるとあんたがいなくても代わりはいるというレベルの存在でしかない。当然、僕もそうだ。実際に会った事のない相手にとって、僕はリアルの存在ではない。そんな相手の心情を察する事にどんな意味があるのだろう。キーボードで「さようなら」と打つだけで画面から消え去るキャラクター。パソコンの電源を切れば会わなくなる人々。そんな中途半端な、中身のない形だけの世界で遊ぶのだから、自分の思い通りにやればいいだけの話だろう。我侭だと相手にされなくなる? ある程度の我侭は必要だと思うけれど。

 ゲームに利用されてはならない。とある脱ROサイトに書かれていた言葉であるが、ぼけーとその言葉を聞いた時、今の自分の状況ってアホらしいなぁ、と思いました。必死になっても何もいい事はない、と考えていたはずなのに。いつのまにか自分のペースが引っ張られている。くそが。

 そういうわけで、部屋に閉じこもってないで外に出たくなりました。ちょうど、僕の部屋に魔呼びとして置いていた鏡が割れてしまったので、買いに行きたいと親に言ったらデパートまで車の運転させられました。無事に運転出来て良かった。

 土曜日なのでデパートには人が多く、和気藹々としていました。鏡は見つけたものの、どれも高いので後ほど百円ショップに行くことに。夕食の買いものをしたあとに親に連れられて、デパートの二階、靴屋の奥にこっそりと作られたクレジットカードのゴールドメンバーのみが使える部屋に行き、コーヒーやジュースをただのみしました。いやー、こっそり作られているだけあって静かで気持ちのいい喫茶店並みです。

 親としゃべりつつ、ゆっくりと休みました。さっきまでオンラインゲームしていたのがあほらしいと思えるほどです。やっぱ、ゲームよりも現実の方が気持ちいいよ。肌で感じられる分。

 家に帰ってからは映画を見てアニメを見て、今までゲームしかやってこなかったせいで廃れた感性が戻ってきたような気がします。映画はいいね。登場人物の感情の動きが見れば分かるんだもの。最近はそういう事に感じなさ過ぎなんだよなぁ、僕は。( ̄ρ ̄)ハゥゥゥ

 そういうわけで、なんとなく気分がよくなったので、今後の遊び方に関しては考えていかないとなぁ、色々と。